第9章 嘘
「本当に?でも万が一何かあったら…」
「心配するな。俺様を誰だと思ってやがる」
笑う跡部くんの姿に少しほっとした。
そこで助けてもらったことにまだお礼を言っていなかったことを思い出す。
「ごめんね、私をかばってくれたんだよね。助けてくれてありがとう」
「別に大したことじゃねぇ。先にボールを探してもらってたのはこっちだしな」
「一応消毒はしておいた方がいいよ、傷。行こう」
彼の手を取って、救急箱のある管理小屋へ向かう。
傷の手当をしながら、1日の報告を兼ねて話をはじめた時、ふいに跡部くんがこんな提案をしてきた。
「…美鈴、俺はしばらく裏に引っ込む。今回の事がいい機会だ。毒蛇に噛まれたことにして、体調不良のフリをする」
「えっ、なんで…?」
跡部くんの意図がよく分からなかった。
本当は仕組まれたものであっても『遭難』という危機的状況で、そんなことをすれば余計混乱を招くのでは、と危惧した。
「…前から比嘉中の奴らが俺のことを勘ぐっていただろう?あいつら俺の周りを何かと嗅ぎまわっていやがる。
俺が表に出なければ、あいつらも変な勘ぐりをやめるだろう。それに、今までなんだかんだと俺が皆をまとめていたが、それじゃ成長できねぇ部分もある。
ここにいるやつらだけで乗り切って欲しいと思うことも、正直今まであったしな」
「これ以上合宿に過酷なハードル課すのはどうかと思うけど…」
「それで潰れるようなやつらじゃねぇはずだぜ?お前も見てきたろ?」
確かに、この合宿に参加している子達はみな、中学生にしては強すぎるくらいタフだと思う。
不安やとまどいも抱えているだろうに気丈に振る舞い、それに加えて偶然船に乗り込むことになった少女達の心配やフォローまでして。
それでいて普段と同じようにテニスに関する練習や特訓は怠らない。
「…今までので充分、合宿の目的を果たせていると思うけど…」
「まぁメインは比嘉中の奴らの動きを抑えることだからな」
跡部くんに比嘉中の子達を監視するように言われていたのに、半分放棄してしまっていた私にはそれ以上意見することができなかった。
木手くんの顔が心に浮かんで複雑な気持ちになった。