第9章 嘘
*彩夏side*
自分でも、汚いと思う。
だけどこうでもしないと貴方には勝てないと思ったんです。
あの人のこと、最初は本当にただ怖いとしか感じなくて。
こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。
けれど一度落ちてしまえば、もう何も関係なくて。
ただ、あの人のそばにいたい、そう願うようになって。
あの人を目で追う度に、隣で笑う貴方が目に入った。
今まで感じたことない黒い感情が胸の中に渦巻いていた。
二人の距離が近づくたびに痛む胸をおさえて、私は素知らぬフリで間に入るんだ。
貴方が遠慮をしているうちに、代わりに私があの人との距離を詰める。
臆病になった方が負けなんだ、こういう場合。
自分の汚さも醜さも自覚してなお、それでも私はあの人を求めてしまう。
なりふりなんて構っていられないんだ。
目の前の美鈴さんが慌てた声で、私の問いに否定で答える。
「えっ…そ、そんなわけないでしょ~!私大学生で木手くん中学生なんだよ?!いやぁありえないでしょ??」
美鈴さんはとても素直な人なのだと思う。
力強く否定する声とは裏腹に彼女の表情を見れば、本当の気持ちを押し殺しているのがありありと分かる。
けれど私にとってその発言が嘘か本当かなんてことはあまり意味がなくて。
その言葉を美鈴さんが口にしてしまえば、それだけで彼女を牽制することができる。
自分の発言で自ら身動きが取れなくなる様に、私は美鈴さんがこう発言するのをある程度予測したうえで、わざと尋ねたんだ。
『木手さんのこと、好きですか?』
その答えは、普段の美鈴さんを見ていれば、おのずと分かることだった。
私の想う人を見る美鈴さんの目には、はっきりと恋の文字が浮かんでいたのだ。
「…本当に?」
再びダメ押しのように確認する私に、美鈴さんは大きく首を振って否定する。
「うん、違うよ。好きじゃない」
美鈴さんの言葉に鼓動が跳ね上がる。
それがたとえ本心を隠した美鈴さんの嘘の言葉だったとしても、十分なダメージになったと思う。
あの柱の陰に佇んでいる、木手さんにとっては。
私はどこまでも汚い。
だけど――そうまでして、私は勝ちたかったんです。貴方に。