第9章 嘘
昨日、彩夏ちゃんの前で木手くんが「もらう」と言って手を伸ばして受け取っていったはずのシーグラス。
それが今、目の前でペンダントになってゆらゆらと揺れている。
彼女の目に失望と疑惑の色がみるみるうちに浮かんでくるのが分かった。
何を言っても言い訳にしかならない。
彼女に嘘をついていたことは事実だ。
「…美鈴さんって……木手さんと付き合っているんですか……?」
彩夏ちゃんの震える声に、胸が押しつぶされそうになる。
私は彼女に協力するといいながらその実、裏切ってばかりだ――
本当の気持ちに嘘をついたまま、彼女にも嘘をついて。
嘘だらけの私を見透かすように彩夏ちゃんの目が私を見つめている。
「えっ、ち、違うよ……付き合ってなんか、ない…」
それは事実だ。
けれど口でそういったって、彼女にとっては限りなく疑わしいだろう。
「じゃあ……木手さんのこと、好きですか?」
確信を突かれ、一瞬言葉につまる。
今すぐに否定しなければ何もかもが崩れてしまう。
崩れた後に、残るものは………何?
大きく息を吸い込んで、思いっきり吐き出す。
「えっ…そ、そんなわけないでしょ~!私大学生で木手くん中学生なんだよ?!いやぁありえないでしょ??」
口にするだけで苦しかった、けれど本心を口にするわけにはいかない。
私の気持ちを押し殺すように、掻き消すように、嘘で塗り固める。
嘘でもそう言ってしまえば、本当にそうなるかもしれないなんて、薄い望みを抱きながら。
「…本当に?」
私の本心を探り当てるように、もう一度彩夏ちゃんが問う。
彼女が待ち望んでいるのは肯定の言葉。
私が邪魔をしてはいけないのだ、2人の間を―――私は大人なのだから。
「うん、違うよ。好きじゃない」
自分でも驚くくらい力のこもった声で言葉は口から出ていった。
風にのってその言葉は彩夏ちゃんの元に届いた。
カタン、と音がして、彩夏ちゃんの視線が私を透かして音のした方を見つめている。
気になって音のした方を振り返ると、すらりとした紫のユニフォーム姿が木々の間に消えていくのが見えた。
その後ろ姿は見まごう事なき、木手くんの姿だった。