第8章 思わぬ出来事
ふと私の視線を感じたように、木手くんがこちらに気付いて私と視線がかち合った。
瞬間驚いた顔をして、彩夏ちゃんに何事か囁き、彼はこちらに向けて歩き出してきた。
崩れてしまった前髪からしたたる滴が、彼の顔を伝う。
「どうしたんですか、その傷」
「ぬかるみで滑っちゃって」
あはは、と笑う私に木手くんは大きくため息をついて首を振る。
「しっかりしてくださいよ、如月さん。…痛みますか?」
呆れた声のあとで、彼の声音が優しいものに変わった。
まるで自分が受けた痛みのように、木手くんは私の傷を見つめた。
「ちょっとね」
「早く消毒した方がいい」
「おう、だから今から消毒に行くとこ…「俺が行きますから、あなたはもうついてこなくて結構」
宍戸くんの言葉にかぶせて木手くんが有無を言わせないオーラを纏って木手くんはそう言うと、ぱっと私の手を取って歩き出す。
「お、おい、別に消毒くらい俺にだって出来るぜ?」
「きちんと消毒して手当しないと傷が残ってしまいます。宍戸クン、キミにそこまで細やかな手当が出来るというのですか?」
くいっと眼鏡を押し上げて聞く木手くんに、宍戸くんは言葉をつまらせた。
「わぁったよ、木手、任せたぞ」
なんなんだよ、とブツブツつぶやきながら宍戸くんが去って行った。
残された私と木手くんで管理小屋へ向かい、木手くんが傷の手当をしてくれた。
リーゼントではない彼の姿を見たのは初めてで、手当をしてもらっている間、私の視線はそこに釘づけだった。
「なんです?じっと見つめて」
遠慮のない私の視線に、とうとう木手くんが口を開いた。
いつもと違って上目づかいで私を見る彼にドキッとする。
「や、髪型がね。新鮮だなって」
「ああ…雨に濡れてしまいましたからね。後でなおしますよ」
「なおしちゃうの?もったいないなぁ」
「もったいない?どういう意味ですか」
「えっ、いやぁその髪を下ろしたのも結構好きなのになと思って…」
言ってしまってから恥ずかしさがこみあげてくる。
『好き』という単語が私の鼓動を嫌に早くする。
何を言っているんだろう、私。
「………」
木手くんは黙ったまま視線を膝の方へ戻して、手当を続ける。
ああ、ほら、彼も呆れてしまっているんだ。
なんて恥ずかしいことを言ってしまったのだろうか、時間を巻き戻せたらいいのに。