第8章 思わぬ出来事
「是非来てください。俺が案内しますよ」
「本当?社交辞令じゃなしに?」
「ええ、約束しますよ」
さらりと答える隣の彼に、また胸がドキリと音をたてる。
しばし見つめあっていた私達二人の空気を変えたのは、一人の来訪者だった。
「2人で何してるんですか?」
急にかけられた声にびっくりしてしまう。
振り返ると彩夏ちゃんがニコニコした顔で私達を見ている。
先ほど彼女に木手くんとの恋路を協力すると約束したのに、抜け駆けをしてしまっているような気分になった。
「あっ、彩夏ちゃん。えっとね、シーグラス探してたの」
「シーグラス?」
首をかしげる彩夏ちゃんにポケットから取り出した小さな欠片を見せる。
わぁ、と声を出して綺麗な指先で欠片をつまむ彼女が可愛らしかった。
ちらりと木手くんを見ると、彼もそう思っているのか微笑ましそうな顔で彼女を見つめていた。
チクリ、と胸に痛みが走る。
醜い感情にあわてて蓋をする。
「綺麗ですね~。ね、美鈴さん、1つもらってもいいですか」
「うん。どうぞ」
私の掌の上のシーグラスとにらめっこして彼女が選んだのは、あのオレンジ色の欠片だった。
彼女の指先がそれを掴もうとした時、思わず声が出てしまった。
「あっ、それは…」
それは、あげられない。
そう言おうとした自分にビックリした。
こんな小さいな物にまで独占欲を感じてしまう自分が小さく思えた。
でも、あのオレンジのシーグラスは木手くんが見つけて私にくれたもの―――。
「これ、もらっちゃダメですか?」
少し悲しそうな顔をする彩夏ちゃんに胸が痛む。
そんな顔をされると言葉が続かない。
「…それは俺がもらう約束なのでね。申し訳ないが他のにしてもらえますか」
横から木手くんが助け船を出してくれた。
けれど彼とそんな約束はしていないはずだ。
驚いて彼を見るが、彼はいつもと変わらない涼しげな顔だ。
「これ、もらっておきますね」
木手くんの長い指が伸びてきて、そっとオレンジ色をつまんで彼のポケットへと消えていった。
きっと珍しい色のものだから、彼も勿体なく思ったのだろう――、そう無理やり自分を納得させた。
そうでもしないと、自分に都合のよいように勘違いしそうだったから。