第7章 『薬』
「全国大会が控えていますから。ここにいる人達に負けるわけにはいきません」
ちらりと木手くんが後ろに視線を送り、その先には彼と同じように汗を流す少年達の姿があった。
あたりはようやく白み始めたばかりだというのに、彼らのテニスにむけられた情熱に驚く。
「いいなぁ、それだけ熱くなれるものがあって…」
彼らのテニスに対するまっすぐな想いが今の私にはとても眩しく感じる。
それだけ何かに夢中になれれば今私の胸の大半を占めている悩み事など、吹き飛ばしてしまえそうなのに。
言ってまた頭に浮かぶ元彼の顔に、思わず顔をしかめてしまう。
「…あなたは…」
「?」
「あなたは、肝心な時に人を頼ろうとしないのですね」
その前の会話とかみ合わない木手くんの言葉に、首をかしげる。
タオルで口元をおさえたまま小さく彼はため息をついた。
「何か、悩み事があるのでしょ?」
「えっ…ううん、ない、よ」
咄嗟にそう嘘が口をついて出たけれど、動揺をかくせていないのは自分でも分かっていた。
明らかな私の嘘に木手くんが眉根を寄せる。
「嘘が下手過ぎます。あなた昨日から様子がおかしい。……俺では力になれませんか」
最後の言葉が、いつもの木手くんらしくない小さな弱弱しい声だったので、それが少し意外に感じた。
「今までだって俺はあなたの面倒を散々見てきたんです。今更遠慮することはない」
「はは…そうだね、本当に木手くんには助けられてばかり…これじゃどっちが大人か分からないね?」
本当に、私は年下の彼に面倒を見られてばかりだ。
唯一の大人として面倒を見る、なんて彼に言ってあるのに、実際は逆に彼に助けられてばかり。
苦笑する私に木手くんはまっすぐ視線をよこしてくる。
突き刺さるような彼のまなざし―――今度は逃がしてもらえそうになかった。
「私さ、失恋したんだよ。彼氏に振られたの」
つとめて明るく切り出してみる。
きっと木手くんは私の悩み事の正体に呆れているだろうな、と思いつつ、ならばあっけらかんと話した方がいいか、と思う。
「そんで馬鹿みたいに落ち込んじゃってさ!見かねた母親が南の島へ旅行して来たら、って言ってくれて。パァーッと遊んで忘れようと思ってたの――なのに」