第7章 『薬』
まだ少し暗かったけれど、明かりを用意しなければいけないほどではなかったので、そのまま歩みを進める。
昼間は賑やかな合宿所もこの時間はいまだ静寂に包まれていた。
普段は耳につかない波の音も、よく聞こえてくる。
その音につられるように私は浜辺へと向かった。
適当な場所に腰を下ろし、まだ暗闇と一体化している海をなんとなしに見つめる。
あたりは波の音しかせず、人の気配もない。
1人になるとどうしても考えてしまう──、この静けさが今はうらめしい。
膝をぎゅっと自分の方に抱きよせ、顔をうずめる。
木手くんに借りたズボンからふわりとコロンの香りがする。
木手くんがいつも身につけているらしいその匂いは、オリエンタルな甘い香りがした。
あいつも香水が好きだったっけ――――ふと、そんなことを思い出す。
付き合いたての頃に一緒に香水を買いに行って、お互いに相手につけてほしい香水をプレゼントし合ったことがあった。
それまであまり香水をつけたことのなかった私にはそのことがとっても大人びていることのように感じた。
『俺色に染めたい…みたいな。』
恥ずかしそうにポツリとつぶやく元彼の顔に、胸がきゅうっと音をたてたのを覚えている。
どんどん彼との思い出がよみがえって、胸が苦しくなる。
唇をかんで涙をこらえようと思うけれど、力をいれればいれるほど視界がぼやけていく。
「ずいぶん早起きですね」
静寂をやぶったのは木手くんだった。
声に顔をあげると、木手くんがびっくりした顔をする。
彼の視線は私の頬を伝うものにそそがれているようだった。
さっと涙をぬぐって、おはよう、と挨拶をする。
「また眠れなかったのですか?」
どっかりとあぐらをかいて木手くんは私の隣に座り込む。
うっすらと彼の額ににじむ汗が、水平線からほんの少しだけのぞいている朝日をうけてキラリと光り、重力に導かれてゆっくりと頬を伝っていく。
首にかけられた真っ白なタオルでそれをぬぐうと、私の返答を待つように、じっとこちらを見つめる。
「ううん、ちゃんと寝たよ。ちょっと早く目が覚めちゃっただけ」
「そうですか。眠れたのならなによりです」
「木手くんは、朝からトレーニング?」
「軽くジョギングをね」
「すごいね。こんな状況でもトレーニングはかかさないんだ。しかもこんな朝早くから」