第1章 冷たい手【巻島裕介】
「ありがとう、東堂くん」
そう言って笹原さんはニッコリと笑ってみせた。
正直、彼女とはそこまで話したことはない。
いつも巻ちゃんのレースを見にきている数少ない女子だったから、珍しさから何度か絡んだことがあるだけの、そんな関係。
だがそんな俺でも気がつく程に彼女は傷ついていた。
巻ちゃんと話しているときは明るく、強気で、正直そこまで綺麗な女子ではないが、可愛い笑顔が印象的だった。
しかし、恐らくそれは巻ちゃんの前だけで、俺が話に入った途端に巻ちゃんの後ろに隠れてしまう。
笑ってしまう程、分かりやすい女の子。
そんな彼女が巻ちゃんに会いたくないと大声を張り上げた。
そして、今俺の目の前で、今にも零れてしまいそうな涙を目に溜めて、必死でそれを落とさないようにと笑っている。
巻ちゃん、君はつくづく罪な男だ。
こんなに可愛い女子を泣かすなんて。
正直、総合優勝を取られた後でライバルの為に力を尽くせる程、俺の体力は余っていないのだが、、、仕方ない。
永遠のライバルと、その大切な女子の為ならば。
「と、、、っ、東堂!これは、一体!」
電話の向こうで巻ちゃんが焦っている。
そりゃそうだ。
わざと遠ざけようとしていた女子が、今、遠くへ旅立つ今この時に、目の前にいるのだから。
どうせ、彼女に悪いからと彼女の気持ちも聞かず自分勝手に、自らの気持ちを忘れようとしていたのだろう。
いかにも巻ちゃんが考えそうなことだ。
彼女からあの日聞いた時にすぐに分かった。
友を悲しみに暮れたまま旅立させてしまう程、俺は薄情な男ではないのだよ、巻ちゃん。
「これは一体?何のことだ。俺は何もしていないが、、、」
「ふざけんな!俺は、、、」
彼女に何も教えてない?
それが彼女をあんなにも傷つけていたのだよ。
そのことに気がつかない君ではないだろう?