第1章 冷たい手【巻島裕介】
あの日、表彰台に上がる裕介を私はこっそりと見ていた。
笑顔でチームメンバーと話したり、インタビューに答える彼を見て、もの凄く嬉しいのに、胸が痛んだ。
私が見たのは裕介が5位でゴールを通り抜ける姿だけ。
居たたまれなくてすぐにその場を去ろうとした。
その時、私は彼に声をかけられた。
「笹原さんではないか!まだ表彰式は終わりではないぞ?気分でも悪いのか?」
「東堂くん、、、」
底抜けに明るい声に綺麗に整った顔は、少しだけ疲れているように見えた。
そりゃそうだ。
過酷なレースの後だもん。
それなのに彼は私に気づいてくれた。
そして明るく声をかけてくれたんだ。
「顔色が優れんぞ?救護室にいくなら付き合うが、、、」
きっと彼の方がうんと疲れてて辛そうなのに、ただいつも裕介の後ろにくっついていただけのこんな私を気遣って。
「ううん、違うの。大丈夫」
こんなバカな心配をかけたら怒られちゃう。
「そうか?もうすぐ巻ちゃんの登壇も終わると思うが、、、呼んでこようか?」
「やめて!!!」
思わず出た大きな声に自分でもハッとした。
「あ、、、あの、ごめんなさいっ。違うの、本当に、、、大丈夫だから」
逃げよう。
裕介に気づかれる前に、、、ここから
そうやって立ち去ろうとした私の身体は動かなかった、
視線を下にやると東堂くんに腕を掴まれていた。
恐る恐る顔を上げると東堂くんと目が合った。
鋭い大きな瞳に捉えられて一瞬肩がすくむ。
だけどすぐに東堂くんの表情は和らいだ。
「なめてもらっちゃ困るよ、笹原さん。大丈夫な女子とそうでない女子の違いくらいすぐに分かるというものだ。、、、どうしても巻ちゃんと会いたくないのなら、場所を変えよう。少しだけ話さないか?」
その優しい表情と声に私の視界は歪んだ。
本当は心細かったんだ。
誰からも必要とされてない、知られていない私がここにいてもいいのかって。
もしかすると裕介は、もう私のことなんて要らない、、、?
いや、そもそも、、、
あぁ、ダメだ。
それ以上考えると溢れてしまう。
私は精一杯瞬きをしないように目を開いて東堂くんに微笑んで見せた。