第9章 特別な1日 ( 大神 万理 2019生誕 )
でも、今夜は。
少しくらいなら、いいよね?
そう・・・ほんの少しだけ、愛聖の温もりを独り占めしたい。
子供の頃から見守り続けて来た小さな後ろ姿に歩み寄り、そっと抱き締める。
『あ、ちょっと万理?まだ髪を冷風に当ててないから暑いよ?』
「むぅ・・・」
『むぅ・・・って』
ドライヤーを止めた愛聖がクスクスと笑いながら、その鏡越しに俺を見る。
「貸して?たまには俺がやってあげる」
『じゃあ・・・お願いします』
はい、とドライヤーを手渡され冷風のスイッチを入れて髪を靡かせる。
絹糸のような滑らかな髪が指に触れる度に、なんとも言えない心地良さが伝わって来る。
だけど、ちょっとした問題も発覚して思わず息を飲んでしまう。
風に遊ばれる髪の隙間から、チラリ、チラリと現れる愛聖の細い首筋。
普段はこんな角度から見ることなんてないから、そんな事すら余計に気持ちを高揚させていく。
『万理?どうしたの?』
「あ、いや・・・なんでもないよ。はい、出来上がり」
ありがとう、とにこやかな顔でドライヤーを受け取る愛聖を、もう一度だけ後ろから抱きしめる。
『あ、もう・・・また』
「だって・・・」
俺には今、お前が足りないんだよ・・・と言いかけて、やめる。
『ホントにどうしたの??』
いっそ全てのモヤモヤを吐き出せてしまえたら、満たされるものがあるんだろうか。
そんな事を思い浮かべながら愛聖から体を離して、テレビでも見ようか?なんて笑ってみせる。
『変な万理。でも、もう少しだけ・・・待ってて』
「待ってて?って、なにを?」
リビングへと続くドアを抜けながら振り返れば、今度は愛聖がなんでもないよと笑った。