第3章 二口女 ≪前編まで公開≫
特に手入れのされていない髪と髭をたくわえた男だった。ぴしっときこなしているように見えるが、羽織の下から見えている襟は与太付いている。が、それなりに身分がある男のようだ。
「女よ、お主は奇抜な女物の着物を着た薬売りと共にこの町へとやって来たと聞く。違うか」
「えぇ、わたくしの連れに間違いありません。どういたしましたか」
「それは良かった。少しお時間頂戴したい。あそこに見える屋敷へ着いてきて頂きたい」
千咲は目的の薬売りが先に見つかりそうなので、この男に着いて行くことにした。おそらくこの町にたどり着いた時に貴族の屋敷だと認識していた、あの目立った建物がこれから向かう屋敷のようだ。道中に聞き得た情報はこの男が屋敷で使える者だということと、この町へ訪れる旅人に声をかけているそうだ。
「薬売りの方!」
「千咲さん じゃあ ないか。元気そうで なにより」
敷地の中に足を踏み入れれば、思ったよりも広く廊下なんかも広めの作りになっているようだ。しばらく進んだ先の煌びやかな襖の奥に薬売りともう一人、彼に対抗しそうな派手な着物を着た年寄りがいた。そして大きなまろ眉をぴくぴくと動かしている。
「連れはたしかに女子なんだな。これはいかん、実にいかん!」
千咲の顔を見た途端に部屋に大きくまろ眉の男の興奮した声が響き渡った。
「いや、自己紹介をせねばな・・・失礼した、いかんな。
私はこの屋敷の主人、そしてこの町を納めさせていただいている麿雪と申す。また先ほどそなたを案内した男は私の使いだ」
「ありがとうございます、麿雪様。薬売りから聞いているやもしれませぬが、わたくしからも改めて紹介させて頂きます。
名は千咲と申します。この薬売りとともに商人を勤め、香を売り歩いておりまする」
「これまた珍しい商人と!薬売りと香か、なるほど。
・・・しかし、そのような商人たちが何故こんな何もない田舎町に立ち寄ったのだろう。先に、薬売りよりここらで採れる葉を求めてきたと言うておるが、そこまでの品物ではなかろうに」