第30章 「時計」
「だあれ?」
幼い声が響いた。
「相澤消太だ」
簡潔に、名前だけを答えてその牢の前まで行く。
「…おじさん、しんじゃうよ?」
そこにいたのは、本当に幼く、可愛らしい女の子だった。
少女と表現するにも、まだ幼い。
「おれはまだ18だ、おじさんじゃない。
…名前は?」
子供は名前を名乗った。
「おじさ…おにいさん、けいさつのひとなの?」
ということは、この子供の普段話し相手になっているのは警察ばかりなのだろうか。
「警察じゃない、将来ヒーローになるんだ。
今は高校生だけどな。
…ここから出たいとは思わないか」
雄英を卒業すればヒーローになれる。
独立事務所を立ち上げることができるのかはまだ分からないが、ヒーローになることだけは確かだ。
「でても、いいの…?
わたしがさわったら、みんなしんじゃうんでしょ…?けいさつのひとは、そういってたの」
やはり個性持ちか。
相澤は優しく笑い、手を彼女へ伸ばした。
「俺はお前を触っても死なないよ。
出たいと思うのなら…迎えに来るから、それまでここで待っていてくれないか」
果たせるかを確かめる術はない、不確かな約束。
相澤が嘘をついているかもしれないと、疑うほどの知識もまだない、年端もいかぬ子供は。
コクリとだけ頷いて。
それから、にっこりと笑った。
それは彼女が産まれて始めて見せる、満面の笑みだった。