第1章 偶然か必然か
本当に夢じゃない…?
現実なのか試しに手の甲をつねってみたけど、普通に鈍い痛みが走った。
「いや、夢じゃないから」
私の行動を見ていた彼が、吹き出したように声を上げて笑い出した。
「…っ!」
可笑しく笑う彼を見て、自分のした行動が少し恥ずかしくなったけど、お陰でこれが現実だって事はわかった。
ただ、肝心な事がまだ見えてこない。
「でも、ただファンの子が居たから引き止めた訳じゃないですよね…?」
「いや、それは…その…」
私の問いに何故か顔を赤らめて目を泳がす彼。
何か言葉を探しているのか、口元に手を当てて言葉に詰まっている。
「あ…、それとも私何か失礼な事しました…?プレゼントの品物とか…」
イベントでお菓子とか渡しても、本人じゃなくスタッフの人が美味しく頂きました的になるかと思い、使ってくれそうな台本カバーとかペンとか実用的な物を渡していたけど、それが気に食わなかったとかかな…。
彼から見て明らかに落ち込んでいたのか、慌てて違うと手を振って否定してくれた。
「いや、そうじゃなくって…」
「あ、いた!」
突然、誰かが彼の言葉を遮った。
声のした方へ目をやると、彼の背後から鬼の形相でこちらに走ってきているスーツ姿の男性。
「え、誰ですか?」
「あー、もう…っ」
その男の人を見て少し苛立ったような彼は、
「逃げるよ!」
「え!?」
私の手を掴んで男の人から逃げるように走り出した。
その姿を見て、男の人は一瞬ギョッと目を丸くさせて、逃げる私達を追いかけ始めた。
が、彼はここら辺の地形を理解しているのか、真っ先に見つけにくいような裏道へ逃げ込んだ。
「…はぁはぁ、ここまで来れば大丈夫でしょ」
「…はぁっ、よくこんな道見つけましたね」
「まぁ、ファンの子に見つかった時ように、予めここら辺の逃げ道は調べてたから」
「あ、なるほど」
上がっていた息も整えてから、後ろを気にして見てみたが、もうあの男の人が追ってくるような気配は無かった。
私達が逃げ込んだ裏道は、飲食店の裏にある細道で昼間のこの時間帯でも薄暗いから、夜になるともっと視界が悪くなりそうだ。