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在りし日の歌【文スト】【短編集】

第10章 記憶の固執




「だったら行くな。俺は手前に惚れてンだ。あの野郎の為に背中押す事なンてねェよ。」

『そうだよね…。』

「はァ。行きたいンだろ?答えは決まってンじゃねェか。そうと分かったら早く行って来い。」

『……ごめん、中也。』

「おう。」


私は中也に会うか会わないかを決めて欲しかったのだ。
そうすれば如何転んだとしても人のせいに、中也のせいに出来るから。
会うなって云われたら会わない心算だった。
なのに言葉とは裏腹に自分の中で答えが出ていたようだ。


『太宰に、逢いたい。』


其の一心で私はあの場所へと走る。
数少ないプライベートで会った時によく連れて行ってくれた場所。
あぁ、あの頃は織田作も坂口君も居たっけなぁ…。
過去の事を振り返っていれば着くのはあっという間で脚は自然とお店の入り口を通り階段を降りていた。


「何時聞いても心地良いものだね。」


先にウイスキーを飲んでいた彼は此方を向きもせず私に話しかける。
其れに吊られるように彼の顔を見ないまま、隣に腰をかけるとワインを注文した。


『…何が?』

「君の足音。綺麗にヒールの音がするんだ。」

『ヒールの音なんて誰も一緒だと思うけど。』

「惚れた弱味って奴かも知れないね。」

『相変わらず何考えてるか分からない物言い。』

「中也は良かったのかい?」

『貴方が中也に聞くなって云ったんでしょ?』

「でも聞いた。違うかい?」

『……はぁ。中也は優しすぎるのよ。』

「昔から君には人一倍だったね。」

『私が其れに気付いたのは最近。本当……、何やってるんだろ、私。』


自分に嘆いているとバーテンダーからワインが出された。
運動したせいなのか緊張のせいなのかは分からないが喉が渇いていたので其れで潤す。


「私はすぐに分かるものだと思っていたよ。」

『残念ながら其処まで聡明じゃ無かったみたい。』

「いや、君は聡明だよ。……恋愛以外は。無論其処も好きなんだけど。」

『人が変わった様に云ってくれるよね。』

「そうだね。……変われたのかな?」



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