第10章 記憶の固執
『……昔はそんなに笑わなかった。少なからず平和呆けしてるんじゃない?』
「そうか、それは何よりだ。」
太宰は遠い眼をして微笑む。
此れもマフィアに居た頃には見た事の無い顔。
本当に人が変わったみたいだ。
私はこんな太宰知らない。
『…私さ、あの日からずっと如何して連れて行ってくれなかったんだろう、如何して何も云ってくれなかったんだろうって考えてた。でもね、今分かった気がする。私達には此れが正解だったのかもって。あのまま一緒に居たら多分お互い何も変わらないままだと思う。』
「……矢張り君は聡明だよ。本心としては連れて行きたくて堪らなかったけどね。ましてや蛞蝓の元に置いて行くなんて。」
『でも其の蛞蝓が私を支えてくれたんだけど?』
「無駄に体力だけは有るからね。」
『いや、物理的な意味じゃなくてね?』
ポートマフィア時代には見たことの無い顔で笑う彼に最初は戸惑っていたが段々と見惚れていく自分が居た。
「ん?何?見惚れてくれてるのかい?」
『いやー、綺麗笑うなって。』
「男性に綺麗は褒め言葉にならないよ。そうだね、好きと云って欲しいかな。」
『うん、もう其れ褒め言葉どころか告白になってるよね。好きだけど。』
「-!?」
恥ずかしいのでサラッと云った言葉に太宰は珍しく驚きその上顔まで赤くする。
『太宰、顔真っ赤。』
「………治。」
『治、耳まで真っ赤。』
「知ってるよ。そんな不意打ち何処で覚えたんだい?真逆蛞蝓?」
『自作ですー。』
「私も愛理が好きだよ。」
治は此処一番の笑顔を見せると私の頬にキスをした。
『あぁーあ、結婚破談か。』
「何?本当に結婚する気だったの?」
『最初は太宰……じゃなくて治への恩返しの為の嘘だったんだけど本当になったんだよね。』
「ふーん。……私と結婚すれば良いじゃないか。」
『えぇーっ、だって家事出来ないしその上自殺しに何処かに行っちゃうし。私若くして未亡人にはなりたく無い。』
「其処は同意してくれ給えよ。」
次の日から探偵社員一同に家事について聞き回る太宰の姿があったと云う。
何でも愛読書は完全自殺から完全家事になったとか……。
END