第10章 記憶の固執
『遅ーい。五分遅刻。』
「悪ィ……って約束してねェだろうが!何俺が悪い空気にしてンだよ!」
『女を待たせる男はモテないよ?』
「別に誰彼構わずモテてー訳じゃねェよ。」
『其処は“惚れて欲しいのはお前だけだ!”とか云わないと。』
「煩ェ。」
拗ねてしまったのかそっぽを向いてしまった中也の手をそっと握る。
「…急に可愛い事すンな。」
一瞬だけ驚いた様子を見せるとチラリと此方を見て歩き始めた。
行き先は恐らく車を停めている駐車場だろう。
其れにしても太宰は相変わらずだった。
全部一人で抱え込んで決めてしまう所も、何も教えてくれない所も、……重要な言葉を心の奥底にしまい込んでいる所も。
本当に何時も勝手だ。
勝手に消えて勝手に現れて。
ただ一つ変わった事と云えばあんなに穏やかに笑うなんて…。
「なァ。」
『ん?何?』
「今から本部に戻って仕事すンぞ。」
『………すっかり忘れてた。』
あれから私達は外出していた分を取り戻す為に高速で仕事を終えた。
丁度今日の分が終わった処で携帯が震える。
……矢っ張り太宰か。
『もしもし?』
「出てくれないかと思ったよ。」
『其れで?用件は?』
「今から会えないかな?」
『…中也に聞いてみる。』
「愛理。中也が如何か、じゃなくて君の意思で来て欲しい。…あの場所で待ってるから。」
一方的に告げると其のまま電話は切れてしまった。
彼は屹度私が行くと分かっているのだろう。
そうと分かった上であんな云い方をするなんて、本当に卑怯だ。
気付けば私の脚は中也の執務室へと向かっていた。
コンコン
『中也、居る?』
「あァ、入れよ。…何かあったか?」
『何で分かるの。』
「莫ァー迦。顔に助けて下さい。聞いて下さい。って書いてあンだよ。」
『あ、そうだ、忘れてた。油性ペンで書いたから消えなくて困ってたんだよね。』
「で?如何せ青鯖だろ?」
『華麗な流しを如何も。此れから会えないかって。待ってるって云われちゃった。』
「手前は如何したい。」
『分からない。如何したいんだろ。』