第20章 侵食
『中原さんッ………!』
男「あの男“中原”って云うんだ。そうだ、僕の名前も呼んでよ。」
『貴方の名前なんて知りませんっ!』
男「如何して?婚約者の名前も覚えてないの?」
帰宅途中、後をつけられている事に気付いた私は真っ先に中原さんに電話をした。
すぐに駆け付けると云われ安堵したのがいけなかったのだろう。
不意を突かれ口元に布を当てられた私は意識を失ってしまい、気付けば此の部屋に連れ去られていた。
男「ねぇ。僕の名前思い出してくれた?」
『だから私は貴方と初対面だし婚約者でも何にも無いの!!赤の他人よ!!』
しまった、と思った時には遅かった。
男は手を振り上げた————————が、予想した痛みが来ず恐る恐る目を開けると男は何やら考え込んでいた。
男「…………。」
暴力を振るわれなかった事に安堵するのも束の間、長い沈黙に恐怖を感じる。
今まではあれやこれやと話していたのだから無理はない。
先ずは何処で私を見かけたのかを聞こう。
『あ、あのぅ…………「愛理!!!」中原さん!!?』
中「愛理!!無事か!?」
『はい!』
男「嗚呼、貴方が中原さん……。残念ながら彼女はもう私のもの。」
中「巫山戯るな!愛理は………………俺のだ!!」
其処からは早かった。
ストーカー男を瞬時に打ちのめした中原さんは私の元へ駆け寄り自由の効かない手足を解いてくれた。
『中原さんッ!中原さんッ…!』
緊張の解放からか流れる涙をそのままに中原さんに抱きつく。
彼は振り払わずに震える私の身体を優しく包み込んでくれた。
中「怪我、ねェか?」
『はい。本当にありがとうございます。』
中「嗚呼。」
向かい合うようにして抱き合っている為、彼の表情は見て取れなかったがハハッと笑った気がした。
中「じゃあ帰るか。このまま此処に居ても仕方ねェし。」
『ストーカーはいいんでしょうか?事情聴取とか……。』
中「無能な警察に任せる事なんかねェ。後は俺と俺の部下がきっちりやる。」
『そう、ですか。』
中「俺の仕事の話もしねェとな……。」
よいしょ、と私を横抱きにした彼と共に闇の中へ姿を消した。