第20章 侵食
質感の良い手袋越しに握られた手を引かれそのままベンチへと座る。
彼はキョロキョロと周りを見渡した。
「もう居ねェみたいだな。」
『良かった……。』
「で?何処の組に追われてンだ?なんかやらかしたのか?」
全く見当違いなことを云われ思わず呆けてしまう。
其れを察したのか彼は慌てて話を進めた。
「ちっ、違ェなら云えよ!……恥ずいだろ。んじゃストーカーってところか?」
『………はい、そうです。一ヶ月前ぐらいから被害には遭ってたんですが実際に後をつけられてと云うのは今日が初めてで。』
「一ヶ月もか!?警察には行ったのか?」
『行ったんですが今は別の事件で手一杯らしくきちんと話し合って解決しなさいって厄介払いされました。』
「チッ。何やってンだよ。家族とか他に頼れる奴は?」
『家族は既に他界していて兄妹も居ません。友達にもこんな事なかなか云えなくっ、て………………グスッ。すっ、すみません!』
隣に座る男性に話したことにより、自分には頼る人が居ないのだと改めて思い知らされる。
気付けば視界がぼやけて頬を流れる涙が止まらなくなってしまった。
初対面の人にこんな重い話をされた上に泣かれては迷惑だろう、と私はベンチから立ち上がった。
『助けて下さりありがとうございました。もう大丈夫ですので。では。』
「おいっ!!!」
彼に頭を下げ帰ろうとしたが私の手に再び痛いぐらいの温もりが触れる。
「其れの何処が大丈夫なンだよ!!もっと人を頼れよ!手前の命守れンのは手前しか居ねェンだぞ!?」
『屹度その内飽きますよ。』
そう、耐えていれば何時かは解決するだろう。
例え其れが一番最悪な形であったとしても。
私はただ受け身でいるしか無いのだから。
「其れまで我慢する心算かよ。………手前ェ名前は?」
『宮野愛理です。』
「愛理……。俺は中原中也だ。よしっ!此れで他人じゃねェな!手前料理作れるか?」
話の流れがすこぶる可笑しい。
此の人の中で友達、否、知り合いの定義とは何なのだろうか。
行動力の或る彼に感服し圧倒されながらも素直に質問に答えた。
『はい。』
「酒は?」
『弱いので少しなら…。』
「じゃア行くか!」
『え?』