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在りし日の歌【文スト】【短編集】

第16章 交差




「そう云えば先刻道造君の事怒りました?」

『嗚呼、授業後にボール片付ける当番だったの忘れてたらしくてな。』

「成る程。其れで急いでたんだ。」

『ん?』

「今日お婆ちゃんの御見舞いに行くんですって。だから早く帰りたいって朝からそわそわしてたんですよ。」

『あぁー、そりゃすまねェ事したな。でも元はと云や当番忘れる彼奴が悪ィ。』

「まっ、其れもそうですね!」

『で?手前は早く帰らなくて良いのかよ。』

「私に早く帰って欲しいんですか?」


ンな事ねェよ。
ずっと、片時も離れず側に居て欲しい。


先生と生徒と云う関係が或る以上そんな事は云えず、暗くなったら危ねェだろ?と無難な返事をした。
其れでも彼女の中原先生は優しいですね。と云う返しに吐き出した筈の煙が肺の中に戻って行く様な気がした。













俺が宮野に初めて会ったのは彼奴の入学式の日だった。
式を終え全校生徒が下校した頃、俺は残った仕事をする前にと校舎裏の喫煙所に足を運んだ。
此処は誰も来ない為一人になるには丁度良い場所でぼんやりと空を眺めていた。


暫くそうしていると足跡が聞こえてきて、嗚呼、尾崎先生も煙草、もとい煙管を吸いに来たか。と思っていたが現れた人物は全くの別人だった。
焦茶色の少しパーマがかった髪に白い肌、ぱっちりした目に鼻筋も通っている何とも此の場に似つかわしく無い少女が現れたのだ。


「えぇっと……中原先生?ですよね?」

『嗚呼、そうだ。新入生か?』

「はい。宮野愛理と云います。」

『宮野、か。宜しくな。で?何してンだ?生徒はとっくに帰った時間だろ?』

「そうなんですけど…。私方向音痴で、今の内に校内探検しておこうかなと思いまして気付いたら此処に。」

『此処は喫煙所だ。先ず来る必要の無ェ場所だぞ。』

「其れは私とは縁がなさそうな場所ですね。お子様はとりあえず退散しておきます。じゃあさようなら。」

『おう、さようなら。』


綺麗な髪を風になびかせ去って行った彼女の後ろ姿をただただ見ていた俺はもう此の時には惚れていたのかも知れない。


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