第9章 I am lucky
去っていく緑谷の背中に手を振るくるみだったが、轟の方を向き直って微笑む。
『轟くん、デクくんと仲良くなったんだね』
「あぁ……あいつはすごいやつだ
感謝してる…」
『今日ここにいたの、デクくんを紹介してくれようとしたの?』
見透かすようなキラキラと澄んだ瞳が轟を覗き込んだ。
「どうだろうな…」
くるみは、そっか…と呟くと、そばにあるブランコに腰かけた。
ぶらぶら揺れると、風にフワリと髪が舞って夕日に輝く。
『悔しかったね…最後』
「…あぁ」
『でも、デクくんと戦う前より穏やかな顔してる』
ふんわりと笑うくるみに見つめられると、なぜか切なくなった
同時にどこかで、音がする…
頭の中で…心臓の音がうねりをあげる
ごうごうと、生々しい衝動が皮膚の下を巡って鼓動を打つ。
くるみの笑顔を見るといつもそうだ、
クラクラして、グラグラして。
ここが上なのか下なのか、それさえもわからない。
『とど…ろ…』
がちゃん…と音がした。
鉄の鎖が擦れる音だ。
濃い甘い匂いにハッと意識が戻ると、
俺の両腕はブランコの鎖を掴んでくるみに顔を寄せていた。
目の前のくるみは真っ赤な顔で大きく目を開けこちらを凝視している。
その距離は鼻先が触れ合うほどで…
「…!!」
鎖から手を話して後ずさった。
俺は今…何を……?
舌で触れると犬歯が鋭く尖っている。
軽いヒート(発情期)が起きてだってことか…
番うために、首の後ろを噛むために鋭くなった犬歯を隠すために、口元を手で抑える。
『轟くん?…大丈夫?』
何も気付いていないのか、心配するくるみに罪悪感を覚えた。
俺は…こいつに欲情している。
徐々に丸くなる犬歯に大きく息を吐いて、口元のカーテンを解き、なるべく柔らかく笑った。
「大丈夫だ」
『そっか、でも顔色悪いね、疲れてるのかな?…
もう遅いし帰ろう』
手を振る彼女と、旋回するスカートの裾…
こんな気持ちは気付かれなくてもいい、
俺自身も…その正体をわかっていないのだから