第20章 I am not so bad
轟は驚くくるみの手を掴んで、優しく引く。
「緑谷には後で聞こう、映画、始まっちまう」
『え…でも、チケット』
「俺が持ってる」
轟は柔らかく笑うと、くるみは安堵したように轟に引かれるがまま足を踏み出した。
轟は、手を引きながらどんどん早くなる鼓動を耳の奥で聞いていた。
確かに、緑谷は言っていた「デート」と。
その意味をやっと理解して、轟はくるみに顔を隠し小さく笑う。
(ありがとな…緑谷)
映画館に着くと、もう予告は始まっていたが、飲み物だけは買おうと提案した轟の手には、タピオカミルクティが2つ。
人気シリーズの初日ということもあり、映画館は満員で、指定席まで、中腰で向かい二人並んで席に着く。
『(ギリギリセーフだね)』
そう囁く声は耳元1センチ先に寄せられた唇から。
ふわりと香るのはいつもとは違う、少しだけつけた香水の香りだろう。
轟はか細い光の中に見える、くるみの横顔を盗み見た。
未だ呼吸は不定期に止まりそうになるし、心臓はバクバクとうるさい。
視線に気づいたのか、くるみはチラッとこっちを見て柔らかく笑う。
そして、突然、轟の方に前のめりになって
右ほほの方に顔を近づけた。
『ジュース、ありがと』
そっと重ねられた右手。
その中に握られているのは、さっき買ったドリンクだ。
指先が離れ、ドリンクはくるみ側のドリンクホルダーに収まった。
「…あぁ」
どうにか返事をして、前を向く…
(二時間……耐えられるのか…?)
ほんの少し鋭さを増した犬歯を口内に隠し、舌で撫でながら
片手で頭を抱えた。