第9章 I am lucky
「縫井なら二日前から連絡なしに休んでるぞ」
1ーC教室の入口で、出くわしたくるみのクラスメイトから返ってきた答えに、俺は嫌な胸騒ぎがした。
教室を覗いたが、時間が時間だけにくるみといつも一緒にいる友人はもう居なかった。
緑谷と、無言のまま校舎をあとにする。
出たところで、緑谷は立ち止まって、肩を落とす。
「もしかしたら、ヒート(発情期)じゃないかな…」
「ヒートは、学校を休んだりするほど辛いのか?」
俺が問いかけると、緑谷は少し寂しげに俺を見た。
「轟くんの身の回りにオメガは?」
「いねぇ……」
「そっか……
あれは、辛いってレベルじゃないよ…」
緑谷は、沈んだ深い緑色の瞳を落として、過去を思い出すかのように話し始めた。
「うちはちょっと珍しくて…
前も言ったけど、ベータとオメガの夫婦なんだ…。
だから、お母さんは未だに、月に一度のヒートに耐えてる…。
つがいにこそなれなくても、お父さんが側にいれば少しは解消されるんだけど…
お父さん、海外に単身赴任してて
それも出来ないから…」
近くのベンチに座る緑谷に付いて、そのそばに立つ。
緑谷はこの話をするのがとても辛そうだが、俺の為に打ち明けてくれているような気がして止めることはできなかった。
「小さい頃、お母さんがヒートの時はいっつも、
僕はかっちゃんの家に預けられてたんだ
中学に入って、最初の頃は新薬だった強い薬が効いてたから、
ヒートの時も普通に過ごせたんけど…
それもだんだん効かなくなって来て…
オメガのヒート止めの薬ってね、本当に辛いらしいんだ。
副作用に、頭が割れそうなほどの頭痛、強い吐き気、寒気と、高熱、目眩…。
でも、処方しなかったら………」
その先は言いたくないと、緑谷は首を横に振る。
オメガの発情期は、何度達しても達しても、気絶するまで快楽を求めてしまう。
つがいの居ないオメガは自分でそれを慰め続けなければいけない。
それが、1週間続くのだ…。