第2章 全員揃わないのですが。
「嗚呼、そういえば自己紹介を忘れていたな。俺は九十九 翡翠。楽の祖父にあたる。まあ、よろしく頼む」
差し出された手につられて自分の右手を出し、握手をする。
やっぱりか、やっぱりなのか!もう一体なんなの、このご夫婦。全くお年寄りになんて見えやしない。
最近のご老人ってみんなこうなのかな。
僕の脳内の佐野君が、ンなわけねーだろポンコツ教師と呆れてる。だよね。
あれ?この人の手、なんだかヒトの体温っていうにはちょっと低いような...。低体温なのかなあ。ひんやりしてる。
ぼんやりと翡翠さんの手を見ていると、あっさりと手が離された。
はっ!いけない、気になるモノはジロジロ見ちゃう僕の悪いクセだ!
慌て落ち込む僕を大丈夫か、と笑う彼は相当器が大きいのか、僕の失礼極まりない行動を気にしていないみたいだ。よ、良かったぁ。
「なにかと相談したい事もあるだろう。そのときは、お前が落ち着くまで聞いてやる。そんな不安そうな顔をするな」
ほんの少し勘違いされたその言葉は、まるで頼れる父のようで、胸が熱くなった。
「あ、ありがとうございますっ」
世の中こんなに優しく頼れるお年寄り(見た目は大学生くらい)がいただろうか、いやいない。
じーんと半泣きになりながら感動していると、僕の真後ろの襖が開いた。
「じい様、誰かいるの」
若い女の子の声がして、思わず振り返った。
そこに立っていたのは白黒反転した目、泥田君みたいに眼帯をした女の子だった。あ!もしかして!
「いいところに来たな、そら、こっちに来い」
その場から動こうといない女の子に、困ったように笑いながら手招きをする翡翠さん。困り顔のわりにはどこか嬉しそうだった。なんでだろう。
「この人は?」
彼女は不審そうに首を傾げ、近づく。ゆっくりとした歩調で僕の隣りまで来たけど、表情筋が仕事をしていないのか、警戒しているのか、表情は無のままでちょっとしたホラーだ。
「お前の担任だ。」
僕の肩をポンの叩いて、紹介してくれる。ありがたいよ、ありがたいんだけど、彼女からのこの威圧感。どうにかならないかな。怖いんだけども。
祖父のその言葉に納得したのか、嗚呼と小さく呟いた。
「はじめまして、先生。私は九十九 楽です」
自己紹介だけで、手が差し出されることはなかった。やっぱ警戒されてるって!