第33章 危険な香りの温泉旅行 王道パターン発動
一松を引っ張り旅館の中まで走って息が切れてしまったナス子は、掴んでいた腕を離すと、近くにあったソファに腰を下ろし大きく溜め息をつく。
息を整えると、目の前に猫背で立ちこちらを見ている一松をそろりと見上げる。
「あ~~……ご、ごめん一松……かくかくしかじかで……私も正直……名前も思い出せない人なもんだから……彼氏と一緒ってことにしとけば食事とか誘われなくてすむかな~とか考えちゃって……」
「食事に誘われるの前提?ちょっと自意識過剰なんじゃない」
「そうじゃなくてっ……昔の同級生とかに会ったら、昔話に花を咲かせたくなる事とか、あるでしょっ?そういうの面倒臭いし」
「向こうは結構親しげに話しかけてきてたもんね、名前も思い出してもらえないとか……ご愁傷様としか言えないね」
おそ松にも言われたことを一松にも突っ込まれ、またも言い返す余地がない。
だが、特に一松が気分を害した様子もないので、ここは大人しくしておく。
「もうちょっとあの子と遊びたかったけど……しょうがないね」
「うう……ごめんね一松……」
しゅんと俯くナス子を見下ろし、一松は項垂れた頭にポンと手を置く。
ナス子が顔上げると、そこには普段通りの一松がいた。
普段通りの……悪巧みをしている時の一松が。
その表情にひゅっ、と息を飲み、思わず身体を硬直させ、冷や汗をかいた顔で無理やり笑みを作る。
一松は少し腰を折ると、顔をナス子の至近距離に寄せ、小さく笑う。
「い……一松……?」
「しょうがないから……『おれ』とココでらぶらぶイチャイチャして遊びましょうか……?彼氏彼女がする遊びをね……」
ソファの肘に両手を置き、覆いかぶさるように近づかれて、逃げ場がない。
どうして自分は、今の今まで忘れていたのだろう。
この男は、昨晩の全ての元凶になった男。
私に酒を飲ませ、悪ノリのトップバッターとなった男だった。