第33章 危険な香りの温泉旅行 王道パターン発動
「ナス子の家より、こっちの家の方が好きなんじゃない?」
「す……━━━━そ、そんなこと、ない……と思うけど」
「そこは自信を持って否定しなきゃいけないところでしょ……フっ……ま、冗談だけどね」
目の前の猫を撫でながら、またも一松がレアな笑顔を見せる。
心臓がドキドキと脈が速くなるのを感じたが、気付かない振りをする。
二人ともが黙ると、辺りには雨の音だけが響く。
ふと、その中に砂利を踏む足音が近づいてくる。
しゃがみこんだまま足音の方を見ると、先ほど会った同級生がそこにいた。
「先客がいるかと思ったら、ナスじゃないか。さっき振りだね」
親しげに話しかけられ、誰かわからない一松は、しゃがんで猫を撫でたまま、視線だけをチラリと同級生の方へやる。
「あ……ど、どうしたの?こんなとこに……」
未だに名前が思い出せないナス子は、それをはぐらかすように、立ち上がって笑顔を作る。
「旅館の人に猫を飼ってるって話をしたら、ここに可愛い野良猫がいるって聞いてさ、会ってみたくて……あ、その子?」
一松が撫でている猫を指差すと、嬉しそうな顔をしてその子に近づいて、しゃがみこむ。
「ホントだ、懐っこくて可愛い。左がさくら耳ってことは、女の子かな?美人さんだ」
そう言って猫の顎を指でかくと、気持ち良さそうに喉をぐるぐるとならし、指に頬を摺り寄せる。
「……面食いなんだね、おまえ」
一松が猫にそう呟くと、同級生が笑う。
「俺はどっからどう見てもフツメンでしょ。松野君、さっきとなんだか随分雰囲気が違うね。喧嘩でもしたの?」
「は?」
何を言ってるんだコイツは、とでも言い出しそうな一松の様子に、ナス子が慌てて会話に割って入る。
「あ~~!あ、え~~っとね!そう!そうなんだよぉ~実はあの後アイツは誰だーっもしかして好きだったのかーっとか言われちゃって?!そんなわけないでしょ的なっ、王道的な言い合いになってちょーっと揉めちゃってね?!ま、まだ機嫌が直ってないみたいなんだよねぇ~!」
自分は何故こんなに必死になっておそ松の嘘を取り繕ってやっているのか……
さっきのはおそ松の嘘で、本当はみんなで旅行に来ている、とただそう言えばいいものを。