第33章 危険な香りの温泉旅行 王道パターン発動
部屋に戻ると各々が好きな事を始める。
完全に普段のそれだが違うのは旅館という事だけ。
ナス子が求めていたグータラ日和である。
と言いたいところだが、いつものグータラ日和とは少し違う。
昨日の今日だ、六つ子達のちょっとした動きが気になってしまうし落ち着かない。
日頃の自分の動きすら思い出していかなくてはならないくらいにはナス子はパニックに陥っていた。
試しにスマホの画面を見つめてはいるが、そこには真っ黒い画面に自分が映っているだけで、何も捗らない。
「ナス子、お茶飲む?飲むならナス子の分も淹れるけど」
自分のお茶を用意していたチョロ松に突然そう話しかけられ、心臓が早鐘を打つ。
「あ、ありがと……飲みたい」
「はい、熱いから気をつけてよ」
差し出されたお茶を受け取ると、緊張して手が震えたナス子は、湯呑みを持つ手に上手く力が入らず、注意されたばかりだというのに、テーブルにお茶を零してしまう。
その際はねたお茶が手にかかり、ナス子は思わず小さな声を上げる。
「熱っつ!」
「あ!も~お前は言ったそばから……!大丈夫?火傷してない?」
チョロ松がすかさずナス子の湯呑みを拾い、冷たいおしぼりで手を拭いてくれる。
両手で手を握り締められ、ナス子は僅かに動揺する。
「あー、浴衣もちょっと濡れちゃったね。まぁでもこの程度ならすぐに乾く……」
テーブルに零れたお茶を拭きつつ、そう言いながら浴衣の裾に手を伸ばし少し持ち上げられると、動揺を大きくしたナス子はついチョロ松を思い切り突き飛ばす。
「━━痛って~~~……いきなり何すんだお前!人が心配してやってんのに!」
「ご、ごごめんごめん!だっ、大丈夫だからっ!じっ、自分で出来る、から……!」
我ながら言葉が突っ掛かりすぎたとは思ったが、もう出てしまったものは仕方が無い。
「噛みすぎじゃない?なに、お前熱でもあるの?なんか顔赤くない?」
言われて気が付くと、確かに頬が熱を持っている気がする。
感情が言葉より顔に出てしまうのが仇となり、チョロ松にそう言われると慌てて手で顔をパタパタと扇ぎ、取り繕う。