第89章 【おそ松ルート】怪我の功名塞翁が馬
「……さっき、お前んちに行ったら偶然おばさんに会って、ナス子が事故って入院してるって聞いて……」
「あ、お母さんに会ったんだ。そうそう、一晩の入院とはいえ急だったもんだから家に保険証とか取りにいってもらったんだよね。で? なんで怒ってんの?」
「怒ってねーよっ!」
「怒ってんじゃんっ! あっ、また大きな声出しちゃった……おそ松も大きな声出さないでよ、向かいの人寝てたら迷惑でしょ」
「……」
つい数時間前のこと。
仕事は休み、珍しく日が高いうちに目が覚めて、どうせなら買い物でもと徒歩で出かけたナス子。
いつもなら車を出すのだが、いわずもがな、天気もよし、気候も気持ちよい日だと、なんとなく歩くことにしただけだったのだが。
「事故ったって……大丈夫なのかよ」
「大丈夫じゃなさそうに見える? 見ての通りピンピンしてますわよ。事故っていっても当たったわけじゃないんだよ、ビックリして転びはしたけど。相手原付バイクだし」
バイクを運転していた中年のオバチャンが、人を轢いてしまったとプチパニックを起こしてしまい、ナス子が止めるのも聞かず救急車を呼び、擦り傷くらいしか負っていないのに大病院へと運ばれてしまったのだ。
転んだ時に軽く頭を打ったため、念の為に一晩だけ様子を見ようということになり、一晩だけ入院することになったというわけなのだが……
「……もしかして、すっごく心配した?」
「……しないと思うのかよぉ」
「うへへへへ……思わない。ありがと、息が上がるほど急いで焦って走って来てくれたわけね」
「そこまでじゃねーしっ」
「そこまでじゃないの?」
「……そこまでじゃ……ないこともないけどっ?!」
さすがにもう息は整っているが、じっとりと汗で肌に張り付いた髪の毛はまだ乾いていない。
照れ隠しなのかなんなのか、そんな前髪をぐしゃぐしゃとかき分けながら視線をそらしている。