第3章 開き直られました
時刻は夕暮れになっていた。
『音速猿』君の背中を撫でていると、鍵が開く音がし、アパートの扉が開く。
「はあ。疲れた~」
ガックリした顔で入ってきたのは、この狭い部屋の主だった。
「おかえりなさい、レオナルドさん」
「!!」
声をかけると、驚きで立ちすくむレオナルドさん。
でもすぐに思い出したのか、
「た、ただいま、ハルカ」
かなりぎこちない笑顔で言った。ソファに座ってる私を確認し、意外そうに、
「あれ、ソニック?……知らない人には懐かないのに」
ペットの『音速猿』、ソニック君を見て目を丸くする。
ソニック君は、私の膝の上で、身体を丸めて眠っていた。
「懐いたのではないです。私の『呪い』で眠くなってるんです」
爆睡しているお猿さんのお腹をつつく。ソニック君は、起きる気配もない。
「ありがとうございます。レオナルドさん。家に案内してくれて。
私が金目の物を一切合切持っていく可能性もあったのに……」
このヘルサレムズ・ロットでお人好しにもほどがある。
「それならそれでいいかなって。盗られるような大金もないしね」
くったく無く笑うレオナルドさん。裏表のない性格みたい。
本心を奥深くに閉ざす、どこぞの大人とは大違いだ。
…………
あの後、私はレオナルドさんのアパートに連れて行かれた。
最初はお礼を言って、バイクを降りようとした。
けど、レオナルドさんに止められた。
『一人ぼっちみたいだけど、行くアテはあるの?』
返答出来なかった。なのでここにいる。
ただレオナルドさんも『勢いで言っちゃった感』があり、私を部屋に入れる頃には『どうしようどうしようどうしよう』というパニックが顔に出まくっていた。
けど、私と音速猿のソニック君を部屋に残してバイトに戻っていった。
『音速猿』というのは、文字通り音速で動き回る猿のこと。
猿と言えど『異界交配動物』なので人間並みの知能があるらしい。
ソニック君は、最初は警戒し、私の周囲を音速で飛び回ってた。
けど私から発される春の陽気に、だんだん眠くなってきたみたい。
ついに根負けし、私のお膝の上ですやすや寝てしまった。
私はソニック君を撫でながら、窓の外を見ていた。
私が閉じ込められてしまった、この街。
霧深きヘルサレムズ・ロットを。