第3章 開き直られました
眠い。もっと寝させろ。
「あと五分……」
「さっきからそれを三回は言っているよ」
「あと、十五分……」
「誰が計算しろと言った! どっちにしろ三十分は寝ているからな」
「んん~」
私はうなりながら、首を振る。
するとため息。
「全く、可愛い寝顔をさらしてくれて……仕方がないな」
気配が離れていく。
もしかして寝かせてくれるの?
それとも……?
「エスメラルダ式血凍道――」
「起きます起きます起きますっ!!」
私は飛び起きた。
…………
スティーブンさんの運転する車が、ヘルサレムズ・ロットを走っていく。
「人を起こすのに、必殺技を使う方がどこにいるんですか!!」
私は後部座席から怒鳴り散らす。スティーブンさんはハンドルを握りながら、しれっと、
「そんなもの、冗談に決まってるだろう? 素人に攻撃するわけがないじゃないか」
「いやマジモンの殺気を感じましたって!! それに攻撃に関しては前科があるでしょうが!!」
これには反論出来まい!
するとスティーブンさん、急に殊勝な声になり、
「……そうだね。とても反省している。君の心に決して消えない傷跡をつけたこと、慚愧(ざんき)の念に堪えないよ。今もこうして胃が激しく痛む」
嘘つけ! どう見てもそんな顔じゃないし!
「そうやってワザと大げさに言って『そんなことありませんよ』的な言動を引きずりだそうとする!」
「いやいやいや。心底から反省しているよ?
君を想ってこの数ヶ月、毎晩枕を濡らしてだな」
「泣きすぎ! てか、そこまで一緒に住んでないし!!」
軽口の応酬を繰り返すうち、気がつけば二人して笑ってるのもいつものこと。
でも、どんなに会話に逃げようとしても、車は刻一刻と病院に近づいていく。
……もうすぐ終わりかあ。
スティーブンさんと暮らした、夢みたいな時間。
寂しくもある。でも前向きに考えないと。
私は元の生活に戻るのだ!
というか私の元の生活って、どんなのだっけか?
私は『記憶障害』の呪いにもかかってる。
だから、ヘルサレムズ・ロットに来る以前のことが、ものすごくあやふやなのだ。