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【血界戦線】番頭さんに珈琲を

第1章 連れてこられました



 何もなかったことにする気なんだろうか。
 一瞬の出来事だったし、ごまかしはいくらでもきく。

「昼間の件については、食後に話そう。とにかく今は何か食いたい」
「…………」

 沈黙していると、スティーブンさんは苦笑した。
 
「じゃあこう言えばいいかい?『クラウスが君のことを気にしているから、今は殺さない』」

 ……流す気も、ごまかす気もないらしい。

 けど正面から言われ逆に安心したので、私はサンドイッチに手を伸ばした。

 スティーブンさんはそんな私に目を丸くし、ソファの肘に頬杖をつく、

「ふうん。ゴロツキ相手にはビクついてたのに、意外と肝が据わっているんだな。
 こっそりギルベルトさんに助けを求めるか、逃げ出したんじゃないかって思ってた」
 ギルベルトさんとは、あの執事さんのお名前らしい。

「そんなことしませんよ。それに、こんな街にいれば肝だって据わってきます」
 BLTサンド、うまうま。

「そうかい? 君は数ヶ月前まで『外』で暮らしてた『普通の子』だ。
 それが呪いでこの街に閉じ込められ、記憶喪失になって、誰にも助けてもらえずホームレスになって。
 散々危険な目にあって、挙げ句に見知らぬ男に家に連れて行かれ――」

「それだけの目に遭ったからこそ、ドンと構えていられるわけで」

「……ははっ」

 スティーブンさんは声を出して笑い、ターキーブレストサンドを取る。

「やっぱり面白い子だな。玄関を開けるまで怖がってた自分が、バカみたいだ」

「怖がってた? 私が斧を持って襲撃すると思ってらしたんですか?」
 するとスティーブンさんはまた笑い、

「違う違う。さっきも言っただろう? 君が逃げたんじゃないかって」

「ふむ」

「……本当に怖かった。そしたらリビングのドアを開けた時、春の香りがして。ソファで寝ている君がいて――それを見たとき、安心して力が抜けた。
 自分でも驚いたよ。膝から崩れ落ちるかと思った」

 私はコークをずずーっとストローで吸い、

「お疲れなんです。熱いシャワー浴びてぐっすり寝て下さい。逃げたりしませんから大丈夫」

「はっきり言うなあ」

 あなたこそ、ごまかす気ゼロだったでしょうが。

「本当に変わった子だ。でも面白い。だからこそ――」

 沈黙があり、


「だからこそ、僕は君にイカレてしまったのかもな」


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