第6章 悪夢の外伝
スティーブンさんは手にクッキーを乗せ、そろ~っと手を伸ばしてくる。
「ハルカ……」
優しげな声。しかし私はビクビクし、身体を丸める。
「怖くないから。大丈夫だからな~」
怖いわ! ますます針を立て、丸くなる。
「確かクラウスはこうやって……――痛っ!」
あ。しまった。おもむろにお腹の方を触られたから、とっさに噛みついてしまった。
顔を上げると、スティーブンさんの指から血がたらりと零れていた。
どどどどどどうしよう!! 怒られる!!
私はすみの物陰に走り、全力で身体を丸くした。
そしてしばらくして聞いたのは、小さなため息だった。
「分かった。僕が悪かったよ」
ん? んん?
「危険な作戦と分かっていて、行くように指示したのも僕。
君の傷ついた気持ちも考えず、一言も謝らなかったのも僕。君が怒るのも当然だ」
は? 何の話?
そろーっと物陰からうかがうと、スティーブンさんはとても優しい目で私を見ていた。
「ごめんよ、ハルカ。もうそっとしておくから安心してくれ」
……。
…………。
えと。スティーブンさん、私が怯えているのは『自分への怒りの表明のため』と思ってんの?
いやいや、あの作戦は私から志願したものだし、怒ったのは上から触ろうとしたからだし、さっきのはいきなり触ってきたからだし!!
……でもハリネズミだと意思表示が出来ない。
気落ちしたように去って行くスティーブンさんを、目で追うしかなかった。
仕方ないなあ。
「ハルカ?」
後ろから私が、追いかけてきたのに気づき、戸惑ったようなスティーブンさん。
「いいんだよ。気を遣わなくて」
気を遣うわ! しかしハリネズミだと表現が難しい。
私は、立ち止まったスティーブンさんの足の周りをぐるぐる回った。
「?」
そしてハリネズミから立ち上がる春の香り。
私は『常春の力』というファンタジーな能力を持っていて、花の香りを漂わせることも出来る。
するとスティーブンさんはしゃがみこみ、恐る恐るといった感じで手を伸ばしてきた。
「……ハルカ」
手を私の前に置き、動かない。なので私も安心して手に乗るコトが出来た。
スティーブンさんの大きな手の平。
さっき噛んだ傷をぺろぺろ舐めた。