第1章 連れてこられました
「……まだクラウスが気になるのかい?」
スティーブンさんが顔を上げ、こちらを睨んでくる。私は慌てた。
「い、いえ、個人的な興味ではなく、ただ、花束をいただいたお礼を言いたかっただけで!」
「ならいいんだ」
「す、すみませんでした」
「ああ」
スティーブンさんは眉間にしわを寄せ、ソファで足を組む。
……何だ、今の会話。
猛烈に附(ふ)に落ちないんだけど、家主には逆らえん。
「とにかく。休みは今日までもらっている。やることは決まっている。分かるね」
「あ、はい! さっそくお掃除をさせていただきます!」
立ち上がった。私が来る前に、この家の家事をやってたミセス・ヴェデッドと言う人は、現在長期休職中。多忙なスティーブンさん一人では追いつかない掃除を、私がお手伝いするということで、ここに置いていただくのだ。
「清掃用具はどちらにあるのでしょうか。あとやっていい場所といけない場所を――」
「分かってない。君の日用品を買うのが先だろう?」
「は?」
それ、ホントに『先』なの?
「いいですよ。今までの来客用の物で間に合ってますし」
冷めた珈琲を飲むスティーブンさんは、
「君は小柄だから、サイズが合ってなかっただろう? パジャマだって袖をまくってたし」
「サイズが小さいならともかく、大きいなら問題ないですよ」
「いや大問題だ」
きっぱり言われた。そ、そうなの……?
「それに、どうせすぐ出て行くんですよ?」
私の呪いが解けるか、記憶喪失が治るかまで、そうかからないはずだ。
長くて一週間、早ければ数日で、私はヘルサレムズ・ロットを出て行く予定なのだ。
「それまで客に不自由を耐え忍べと?」
「いや耐え忍ぶような不自由を感じた覚えは……」
半月以上、ホームレス生活だったのだ。屋根とベッドとご飯があれば、御の字である。
「つべこべ言うんじゃ無い。とにかく行くよ」
立ち上がるスティーブンさん。
「ええ~」
起きても、あまり変わって無くない? スティーブンさん。
…………
…………
数時間後。ヘルサレムズ・ロットの街角にて。
「このくらいでいいか。何か他に必要なものは?」
私もスティーブンさんも、両手に大きな紙袋を持っている。
重い物はスティーブンさんが持ってくれたけど、それでも持ちきれんかった。
「……いえ、何も」