第5章 番頭さんに珈琲を
眠いー。疲れたー。
いやダメだ。勉強しなくては。もっと役に立てるようになって。ライブラの皆を裏方から支えて。
何より大切なスティーブンさんに……珈琲を……。
「…………すぴー」
「おつかれ。ハルカ」
「はっ!!」
ガバッと顔を上げる。今いつ? 深夜である。
ヤバい。パソコンのお勉強のはずが、すっかり爆睡していた!!
あと変な姿勢で寝てたから、か、身体がきしむっ!!
私はカップ片手に優しい笑みを浮かべる恋人に、
「すすすすすスティーブンさん!! ここここれはですなっ!! べべべべ別にサボっていたわけではなく、戦略的休息でありましてっ!!」
「分かっているよ。頑張ったんだから休憩くらい取らないと」
「お?」
目の前には湯気を立てる珈琲と、美味しそうなチョコレートの箱!!
スティーブンさんは椅子を引いて私の隣に座り、
「僕ももう少しつきあうよ。どこが分からない?」
「…………違う」
「ああ、そうだね。ことごとく入力数値が違っているけど、以前に比べたら多少、ほんの少し、ちょこっと、微々たる感じで、減っているような減っていないような――」
「そういう精神的拷問の話ではなく!! 違うのです!!」
言葉で恋人をいたぶる非情な男に指をつきつけた。
「そういうの! 私がやりたかったのに!!」
「は?」
パジャマ姿のスカーフェイスのイケメンが、ポカンとした顔をする。
「あ、あのさ、錯乱するくらい疲れているなら、僕だってそこまで無理をしろとは――」
「お仕事で! 疲れてるスティーブンさんに! 珈琲入れたかった!!」
「は?」
そう、これは世の恋する少女たちの憧れの話なのだ!
疲れた恋人に珈琲を入れる!
疲労が極限に達し、普段は絶対に外さない大人の仮面を外す男。大切な少女の前で素顔を晒し、寝てしまう。
「そういうときに! 優しくてけなげで儚くて繊細で美しく気が利く春のような美少女が! 珈琲を入れて癒やしてあげたいんです!」
スティーブンさん。ズズーッと珈琲を飲み、とてもとても哀れむような目をし――パソコンの電源を落とした。
「よし、今日は寝よう。ハルカ」
ツッコミ! ツッコミが来ないーっ!!