第5章 番頭さんに珈琲を
私が忘れたフリをしているから、スティーブンさんは優しい嘘をつき続けてくれる。
今の小さな幸せな世界で、私たちは秘密の関係を楽しんでいられる。
でも一緒になるために、その壁を越えなければいけないのなら……私は……。
「そう深刻に考えないでくれよ」
スティーブンさんが私の髪をかき上げ、うなじにキスをした。
「僕は君を愛している。それだけは信じていて欲しい」
心からの言葉に、落ち込んでいた気分が救われる。
「スティーブンさん……キス、したいです!」
「喜んで。王女様」
振り向き、抱きしめ合って二人で長いキス。しばらく舌の絡む音が響いた。
私は顔を赤くし、潤んだ目で見上げ、青シャツの胸に『の』の字を書いた。
くすぐったいと笑う彼にもじもじと、
「あの……スティーブンさん……今、私、すごく……その『したい』なあって……」
「ハルカ」
年上の恋人は、それは優しい目で私を見下ろし、
「そう言って、勉強をサボろうとしても無駄だからな?」
……チッ。
「そんな! 恋人の心を疑うなんてヒドいです!」
ふところからハンケチを出して噛み、ヨヨヨと泣き崩れる。
スティーブンさんはペチッと私の額を叩き、
「君、気まずいのをごまかすとき、いつも似たようなことをやってるけど儀式か何かなのかい?」
古来よりの様式美っす!
「こっちだって、まだ書類仕事があるけど君が恥をかかないようにと、教えてるんだぞ?」
「私の肢体に興味がないだなんて! スティーブンさん、ついに××に……!!」
「そっかそっか」
あ。気温が1℃下がった。
わたくし、猫の子のように襟首つかまれ立ち上がらされる。
ズルズルと引きずられゆく先はシャワールーム。
「あーれー」
「君の下らない冗談につきあえる心の広い男でいたいけど、××扱いされたんじゃ、さすがに限界がね」
「冗句です。急に勉強したくなりました。表計算ソフトの使い方教えて下さいー」
「人間、たまには痛い目を見て学習することも必要なんだ、ハルカ。
これは僕からの愛の鞭なんだよ」
四六時中、鞭でしばかれてる気もするが。
そしてまあ風呂場に連れ込まれ――後はいつも通りです。はい。
年上の恋人には逆らわない方がいいということを、痛いくらいに学習させられました☆