第5章 番頭さんに珈琲を
一方で先生は少し真面目な顔になり、
「でもまあピンチをしのぐためとはいえ、完全に呪いを侵食させちゃったのね。
こうなったらもう二度と呪いは取れないから。ちゃんと制御して上手いこと一生つきあっていってね」
……希望と絶望をつきつけられたのでした。
「そうですか」
一緒に話を聞いていたスティーブンさんは、暗い顔でポツリと言った。
…………
そして診察が終わり、病院を出た。外は真っ暗だ。
車に乗るとドアが閉まり、スティーブンさんは車を出した。
助手席の私は、揺られながら窓の外を見る。
「ハルカ」
静かに話しかけられ、ビクッとなった。
まだお説教なら勘弁してほしい。散々謝ったじゃないですか。
「ごめん」
スティーブンさんはそれだけ呟いた。
「呪いの話ですか? 謝らないで下さい。制御に成功したんだから、もう普通に生活出来ます。
『ヘルサレムズ・ロット』の外にだって出られるんだから」
「いや、君に今まで話していなかったことがある。君のご両親のことだが――」
「私に呪いをかけ売ろうとした。もう二度と会えない。それくらい知ってますよ」
数分間、沈黙があった。
「知っていたのかい?」
私は頬杖ついて流れる景色を眺めながら、
「スマホの制限が解けたから、お父さんとお母さんの名前で検索をかけてみたら、ニュースがヒットして……」
「思い出したのか」
「記憶喪失の呪いと『常春の呪い』と紐付いてたみたいで。制御成功と同時に、記憶喪失の呪いは解けたんです」
まあ別に意外でもショックでもなかった。状況を考えれば、誰の目にも明らかだったことだ。
……ただ、実の親にそこまでしでかされたことを、すんなり受け入れられたわけではないが。
「ごく普通の親だったんですけどね。普通に優しくて普通に厳しくて、普通に他人で……」
ドライでもウェットでもない、今どきの家族だった。
でも娘を売るほどに、家計が逼迫(ひっぱく)してたなんて。
……私を守ろうと手段を講じようともしないほどに。
「彼らの動機や、そこに至る心情はもう永遠に分からない。
ただ困窮は人を変えるんだ。誰も君のように強いわけじゃない」
私も別に、強くはありませんが。