第5章 番頭さんに珈琲を
前略。病院に行く途中、車に引きずり込まれました。
ううう。油断してた。昼間だし大通りだったし。でも霧は濃かったもんなあ。
うーむ。どうなるんだろう私。
てっきりそこらの路地裏まで連れて行かれ、あーなってこーなってされるかと思ったけど、そうではないっぽい。
……それが必ずしも幸運とは限らないのが、この街だが。
私は今、目隠しされてます。後ろ手に縛られ、両足も縄ぐるぐる。しゃべれるけど、しゃべる勇気はないです。
スマホはもちろん盗られました。
私を捕まえた人たちは、人間っぽいけど車内では無言です。
あ、でも私を縛る間、さながらノルマでもこなすみたいに『人類(ヒューマー)の若い女一人を確保しました』とだけどこかに連絡してたっけ。
あ、そのとき『軽い呪いにかかっているが健康体です』とも言ってたので”私の呪いで大逆転!!”って展開でも無さそうです。しくしくしく。
しかし健康体って何だろ。やっぱ臓器を抜かれるコースなのかなあ、嫌だなあ。
スティーブンさんに怒られるかなあ。あれほど一人歩きを心配されてたんだし。
……それ以前に、また会えるかどうなのか。再会したとき、『人間の形』をしてるかどうかも分からないし。
車はどこまでも走り続ける。そのたびに不安になってくる。
最初は、ドラマか映画みたいに、すぐ誰かが助けてくれるだろうという感覚でいた。
ザップさんかレオナルドさんが来てくれるんじゃないかって。
でも普通に考えて、彼らはまず病院に行くだろう。
そこから私がさらわれたことに気づくまで何分?
いや気づいたところで霧が深くて追跡は無理だ。
しばらく探して、スティーブンさんに連絡して……あかん。ダメすぎる。
そもそもスティーブンさんは今日もお仕事だし。
車は止まらない。
時間が経過するにつれ興奮も冷め、代わりに不安が私の心をむしばんできた。
自分の身体を、自分の意志で動かせない。
それは、こんなにも恐怖を産むものだったのだろうか。
嫌というほど、痛感させられる。
私がこれから暴行されようが、殺されようが臓器を抜かれようが、誰も助けてくれない。
都合のいい助けは来ない。これがヘルサレムズ・ロットの――いや世界の現実だ。