第1章 連れてこられました
「あいつだって、僕にきちんと休息を取ってもらいたいと心から思ってる。
でも他に頼めないから僕に頼んできた。なら行かないとね」
大人の『建前』とかではない。
スティーブンさんは、本気でそう思っているようだった。
「行かないとクビになる、とかではなく」
「違うよ。もっともっと大切な物が、失われてしまうかもしれないからだ」
そう言ってドアを閉めて出かけてしまった。
「…………」
一人になり、少しボーッとしてしまう。
他人の家のリビングで、やけに高い天井とか、見たことのない額縁の絵とかをちょっと眺め、
「!!」
慌てて、さっき案内された部屋に走る。窓にはりつくようにして表に目をこらすと、ちょうど玄関から出たスティーブンさんが歩いて行くところだった。
チラッとこちらを振り返り、私と目が合う。
するとスティーブンさんが笑顔になり、嬉しそうに私に手を振った。
こちらも手を振り、見えなくなるまで見送った。
「…………」
やっとスティーブンさんが見えなくなり、何だか無性に恥ずかしくなる。
なれなれしい子だとか思われなかったかな?いやでも、手を振ってきたの、向こうだし。
しばらく悶々とした。
……いや、何でここまで気にする必要がある。
出て行くって言ったのに、泊まってけって言ったのは向こうだし。
やっぱり身体目当て? いやそんな雰囲気は全然無いし、スティーブンさんならこんなガキに手を出さなくとも、いくらでも相手がいるだろう。
やっぱいるのかなあ。絶対いるよね。きっと同じ富裕層で、スタイルのいい美人で……。
…………。
何でこんなにスティーブンさんのことが気になる。
そりゃまあそうだ。いきなり会って、こんなに親切にされたんだから。
「一週間、一週間だけだから……早ければ数日でヘルサレムズ・ロットを出るかもしれないんだから」
せめて『良い子を泊めた』と覚えててもらえるように、掃除を頑張ろう。
「でもさっき言われたし、勝手に掃除は出来ないよね」
出入り禁止は書斎とキッチンだけだけど、他のスペースに勝手に立ち入るのも気が進まない。
そのとき、ぐー、と腹の虫がなった。
「お?」
さっき朝食を食べたばかりと思ったけど、時計を見ると昼前だった。