第3章 開き直られました
こうしている間にも、家に置いたスマホが着信音を鳴らしてないか心配だ。
もう帰ろう。
食べ終わり、立ち上がったとき。
「え?」
ドクンと心臓が鳴る。
私は、思った以上に冷静に行動した。
離れたベンチにいるのに、わざわざ木の陰に隠れた。
そして耳をすます。
話し声は喧噪を突き抜け、非情なほどまっすぐ私の耳に届いた。
「ええ。あそこのクレープ店が有名なんですよ。週に一度しか出店しないそうです」
盗み聞きをしてるのに、見るな、聞くな、と自分に命じる。でも不可能だった。
「そうなの? こんな場所には来ないから知らなかったわ」
「ありがちな露店に見えますが店主が元高級料理店のデザート職人なんですよ。
引退後の娯楽に始めたそうですが、素材にも調理にも並々ならぬこだわりがあり、特にチョコソースが絶品だそうです」
「すごいわ、こんな街の片隅のことまで。何でも知っているのね!」
「この街のあらゆる事象の情報収集は、我々の得意とするところですから。
ですが今、貴女の目は私より別のものに惹きつけられているようだ」
「失望させてしまったかしら?」
「ええ。大いに。ですから、その麗しい瞳にもう一度私を映していただくために、クレープをお一ついかがですか?」
「ずいぶんと魅力的な提案ね。でも量もありそう。私が太ったら、責任取って下さるかしら?」
「はは。それはもう喜んで。ですが、この後の店の予約もあります。私と二人で分けましょうか」
「ふふ。スティーブン、あなたは私の考えていることが何でも分かるのね」
「もちろん。私はいつ何時も、貴女のことを考えていますから」
よく晴れた日の公園の木の陰で。
必死に口を押さえ、ふらつく足下を自覚しないようにして。
仲睦まじげに、屋台に並んだ美男美女のカップルを、見ないようにした。
…………
…………
深夜を十分に過ぎた時間、スティーブンさんは帰ってきた。
「スティーブンさん、おかえりなさいー!!」
「ハルカ。起きていたのかい? 僕が遅くなったら先に寝ろと言っただろう?」
「スティーブンさんのお顔が見たくて」
「嬉しいよ。ハルカ。おいで」
私は喜んでスティーブンさんに抱きついた。
念入りに消臭されていたが、ほんの少しだけ。
香水の匂いがした。