第1章 連れてこられました
「ここに、住まないか!?」
「え?」
呆けた答えを返してしまう。
「ご厚意はありがたく存じますが、でも私には私の帰りを待つ父と母と夫と妻と子と生き別れの双子の叔父が」
「どんな設定に生きてるんだ。マジメな話だから、茶化すのは止めなさい」
「いっだあ!」
デコピンされ、再度のたうち回る。
でも、いきなり『住まないか』と言われ、茶化す以外に何をしろと!!
「勘違いするんじゃない。行き先が簡単に見つからないようだから、少し泊めてあげようと言ってるんだ」
「何でいきなり?」
「その、さっき君が電話を取った相手が……その、クラウスというんだが、職場の上司というか古なじみの友人というか、君を心配したらしくて……いい奴で、僕に、頼みを……」
ずいぶんと歯切れが悪い。あとやっぱり顔が赤い。
さっきお話したクラウスさんなる人に言われたから~みたいなことを仰ってるが。
その方に弱みでも握られてるのだろうか。
「もちろんそれだけじゃない。ちょうど、僕の家はハウスキーパーのミセス・ヴェデッドが長期休暇を取っていて、僕一人じゃ掃除が行き届かないんだ。
掃除機をかけてくれるだけでも助かるから」
金持ちなんだから、ル○バでも飼えばいいのに。
「なぜにここまでして下さるのですか?」
親切はありがたいけど、昨日まで見ず知らずだった男性だ。
ヘルサレムズ・ロットでいきなり文無し記憶喪失となり、半月以上、辛酸なめる生活をしていた身として、多少警戒心が出てしまう。
スティーブンさんは『言うと思った』と言いたげに、腰に手を当て困った顔。
「深く考えないでくれ。ゆきずりの縁だ。今さら行き場の無い女の子を放り出すのも、気分が悪いだろう?」
「うーん……」
私はスティーブンさんを見る。
伊達男な顔には、まだちょっと疲労の色が残る。
昨日見た氷の必殺技といい、何者なんだろう……。
「はっ! なるほど理解しました!」
「今度は何の勘違いを始めたんだい?」
最初から勘違いと決めつけるな!
「スティーブンさんの氷の技に対し、私は春の風の使い手!
あなたの天敵たる、私の存在に恐れをなして拘禁しようと!?」
「はい不正解。罰ゲーム」
「いっだあーっ!!」
避けようのない超絶デコピンに、断末魔を上げた私であった。