第1章 連れてこられました
ソファで足を組み、スティーブンさんは私に言う。
「優先すべきは君の記憶障害の治療の方だろう。
呪いを解くにしろ、ヘルサレムズ・ロットを出るにしろ、まずは君の身元が判明しないと誰も動けないからね」
うん。人間、『家』『金』『身分』のバックがない相手に、あれほど冷酷になれるものなのかと実感した一ヶ月だった。
「君は頭に傷を負って、病院の前に倒れていたんだね?」
「そうです」
「こっちに来て」
手招きされ、ソファでスティーブンさんは私の頭の傷を調べた。何かこそばゆい。
「ここを押して痛いかい?」
抜糸跡を軽く押された。
「いえ、痛くないです」
「ふむ。ちょっと強くしてみよう。これだとどうだい?」
「それも大丈夫ですね」
首を振った。
「ならこれは」
「痛! 指圧的な意味で痛いです! あだだだだ!」
「……こっちは?」
「いやなぜ強さそのままに、場所を変える! あ! そこ! イイ! 痛気持ちいい!! あーっ!!」
やっと手を離してもらい、ソファにすがってビクビクと快感に打ち震えていると、
「少し厄介かもしれないな」
私は顔を上げた。
「なぜに?」
「君の記憶障害は、呪術的なものが原因だ。頭を殴ったのは、単に気絶させるためだろうね」
「えーと……つまり?」
「ほっといても自然治癒したりはしないってことさ」
15℃の珈琲を微妙な顔で飲みながら、スティーブンさん。
「はっ! もしや、私の背後に壮大な陰謀が!?」
「てい」
「いったあ!!」
デコピンされ、のたうち回った。
「逆だよ。君に呪いと記憶障害を負わせたのは、金のない奴だ。
素人術士に依頼したな。おかげで術式に大量のフェイクやジャンクが入って、簡単だけど解きにくい状態になってる」
「……えーと」
「単にちょうちょ結びにするだけで良いところを、糸を足したり逆に途中で切ってつなげたり、あちこち固結びにしまくったりで、すごく解きにくくなってる」
「おお!」
膝を打つ。
「解けないことはないが、相当に時間と根気がいる」
「すぐにババッと治せる方法はございませんか?」
「お金がいるねえ」
ですよねー。
「何とか『外』にだけでも出られないでしょうか」
私が観光客だろうってことは、警察も信じてくれた。
『外』には法もセーフティネットも整備されてるから、どうにでもなるのに。