第3章 変革は意図して起こされるもの
これ食べろってこと?
ちょうど焼きあがったカルビ肉を鉄板からとったのか、白い湯気がわずかにたちのぼっている。
つけられたタレなのか肉自身の油なのか、その表面はテラリと輝いていてものすごく美味しそうだ。
ごくりと唾を飲み込む。
引き寄せられるように口を開けようとして、はたと周りの視線に気づく。
さっきまで鉄板の上の肉に目をぎらつかせていた部員たちが、なぜか私と花宮のやり取りを固唾をのんで見守っていた。
なんで皆こっち見てるの!?
自分の肉にだけ集中しててよ!
食べにくいんだけど!
「けっこう美味しいですよ、冷めないうちにはやく」
にっこり笑顔で肉をつきだしてくる花宮。
私は両手で野菜が入ったトレーをもっているので、自分で食べることもできないわけで。
花宮と肉を交互に見て、えーいと私は口を開けた。
「ん……おいひい」
炭火で焼いたカルビ肉からは噛めば噛むほど肉汁が溶け出てきて、肉の旨味がこれでもかというほど詰まっていた。
「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい! すごい美味しい!! やっぱ炭火で焼いたお肉って違うね!! 最高!!」
御手洗先生けっこういいお肉買ってきたんじゃないかな。
炭火焼肉自体久しぶりだけど、こんなにおいしいお肉食べたの久しぶりかも!
この野菜焼いちゃって早くお肉食べたいなあ。
なんて、私はお肉のことばかり考えていたので気づかなかったのだ。
花宮の指が伸びてきて、私の口の端を親指でぬぐう。
「え……?」
親指で拭ったタレをあろうことか、花宮はぺろりとなめとった。
ぽかんとアホみたいに一連の動作を眺めてから数秒後、ぶわっと顔に熱が集まる。
「わ、わ、私の口の、な、なめ……!」
私が慌てていると、花宮はふはっと機嫌がいいときにする笑みを浮かべた。
な、なんてこと!
こんな、皆が見ている前で……いや、皆が見ていなくても問題だけど!
ざわざわと浮きだった声と一緒にどこかでヒューと口笛が鳴る。
「ちょっと、花宮。なにすんのよ!」
「何って別に、口元についてたんで拭っただけです」
「皆見てるでしょ!」
私が異議を唱えてもどこ吹く風。
周りの歓声が大きくなるだけだった。