第2章 合宿生活はじまります!
台所の方で換気扇がまわっているのか、風の音が静かな空間に響く。
合宿所のきれかかった蛍光灯の光をうけてまゆりの髪の毛がちかちかと光っているのに目が引き寄せられた。
柔らかそうな黒髪をみていると、昔友人の家を訪れたときに飼われていた犬を思い出す。
犬種はシー・ズーで、このつぶらな瞳がかわいいだろうと力説された覚えがある。
ずっと何かを訴えかけてくるような目でこちらをみつめてくるその犬は、なでてやると目を細めて嬉しそうな顔をした。
それはこの世のすべての幸せを感じているようだった。
頭を撫でてもらうだけが生きがいの一生など、なんとちっぽけなことか。
しかし俺の手によって目の前の存在の幸せが左右される様は見ていて気持ちがよかった。
そんなことを思い出していると、いつの間にかまゆりの頭に手が伸びていた。
昔撫でたあの犬の方がずっとふわふわしていたが、その髪の感触は思いのほか悪くない。
「ん……うぅん……」
さっきまでいっこうに起きる気配がなかったのに、撫でた手に反応したのか手の中の頭が動いた。
うつむいていて見えなかった顔がもぞもぞとこちらをむく。
まぶた越しでも蛍光灯の光がまぶしかったのか、目元にぎゅっと力が入り、それからゆっくりと開かれる。
焦点の合わないような目でまゆりはぼんやりとこちらを見てきた。
起きているのかいないのか、本人は夢と現実の境目にいるような感覚なのだろう。
頭の上に置いたままだった手をするりと髪をすくように動かしてやると、まゆりは幸せそうな顔をしてそっと目を閉じた。
そして再び寝息をたて始める。
「ふはっ」
思わず笑いがでた。
こいつはあの犬となにもかわらない。
こうやって俺の手ひとつで簡単に幸せそうな顔をするような、脳みそが小さな生き物なのだ。
お前は、そうやって俺の行動に一喜一憂していればいい。
俺だけがすべてだというような顔をしていればいい。
他者が聞けば歪んでいるとも言われそうな考えを巡らせながら、俺はしばらくまゆりの頭をなでていた。