【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第5章 菊合
「日美子様が侮辱された、それがどうしたというのですか」
その言葉に八重の瞳が大きく開いた。
赤葦は冗談を言っているようにも、わざと八重を怒らせようとしているようにも見えなかった。
初めて耳にする言葉の意味を母親に尋ねる幼子のように、日美子が侮辱されたことが何故大きな問題になるのか分からないといった顔をしている。
「日美子様は光臣様の奥様。さらに言えば、もう亡くなられている方です。“今”の木兎家には何の関係もありません」
「赤葦・・・貴方、自分が何を言っているか分かっているの?」
「はい。日美子様に対する侮辱など、光太郎様が当主となった木兎家には何の関係もない、と言っているのです」
赤葦の言葉はどこまでも冷酷だった。
彼にとっては光太郎が全てで、彼の母親はどうでも良いとでもいうのか。
「自覚なさってください、八重様」
赤葦は呆然としている八重に一歩、歩み寄った。
「20代以上続く名家、木兎家を守っているのは隠居なされた光臣様でも、ましてやお隠れになられた日美子様でもございません」
冷たい瞳の中に燃え盛る、青白い炎。
「今、木兎家の血を守っているのは、光太郎様と八重様。その自覚をお持ちください」
赤葦の静かな怒りは、目に見えぬ矢となって八重に突き刺さる。
一歩、また一歩と近づかれるたび、八重は本棚の方へ追い詰められていった。
「貴方がもう少し機知に富んだ御方だったら、迷わずに牛島夫人のお誘いを受けていたでしょう。政財界における牛島家の力の強大さを考えれば」
「たかが夫人の御趣味の会でしょう、何故そんなに───」
「あまり私を失望させないでください、八重様」
赤葦の眉間に深いシワが刻まれた瞬間、トンと背中に軽い衝撃を覚えた。
いつの間にこんなに後ずさっていたのだろう、八重のすぐ後ろはもう本棚となっていた。