【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第5章 菊合
「貴方は木兎家が置かれている状況を何も分かっていない」
赤葦は八重を追い詰めると、逃げるのを封じるように右手を本棚についた。
「───わずか十八の伯爵を誰が認めるというんです?」
名家であればあるほど、先代の光が強ければ強いほど、突然それを継ぐことになった者に向けられる世間の目は様々だ。
好意的なものもあれば、そうでないものもある。
「旧領地の経済、旧家臣団の生活・・・木兎家が守らなければならないものは爵位以外にもたくさんあります」
光太郎が爵位を失えば、地主として守っている旧領地を手放すことになるだけでなく、木兎家に仕えている使用人やその家族が路頭に迷うことになる。
「光太郎様は華族としての品位を守れない、木兎家から爵位を剥奪すべきだという声が、いまだに貴族院の中で上がっているそうです」
昼間は学生として学習院に通い、夜まで剣道に明け暮れているような若い伯爵が、権力で肥え太った華族達を相手に何ができるというのか。
深い悲しみのせいだとしても、日美子を失った光臣が愛息子にした仕打ち───
それは、既得権益に群がる腐った権力者の群れに放り込むことだった。
「八重様、私から目を逸らさないでください」
赤葦と八重の顔の間にある距離は僅か、数センチ。
この距離で彼の瞳を直視することは、たとえ平常時でもできないことだ。
「十八の伯爵と十七の家令が、どうすればこの大きな家を守れると思いますか?」
「・・・・・・・・・・・・」
赤葦は血の色が透けて見える唇に、僅かながら笑みを浮かべた。
「その腐った権力者を利用するんですよ」
その瞬間、赤葦の背後から部屋全体に重い闇が広がっていくような錯覚が八重を襲った。