【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第2章 秋霖 ①
木兎光太郎。
彼のことは、八重の父もよく話していた。
八重よりひとつ年上の、木兎光臣伯爵の嫡男。
それはそれは愛らしく活発な男児で、伯爵は目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだと。
しかし、日本と英国はあまりにも離れすぎていて、海の向こうの本家の人間達については、あまりピンときていなかった。
彼らこそが、自分の血の“本筋”だというのに。
「八重の親父の貴光殿には、結局一度もお会いできずじまいだったな」
客間に通された八重は、西洋風のテーブルを挟んで光太郎と向かい合わせに座っていた。
「父も光太郎様にお会いしてみたいと、よく申しておりました」
八重は湯飲みを持ち上げかけたが、コトリとテーブルの上に置き直す。
紅茶を飲んで育ったせいか、緑茶がどうも苦手だ。
しかし、光太郎はまるで水を飲み干すようにグイッと湯飲みを傾けていた。
「しかし、両親をいっぺんに亡くすなんて・・・辛かったな」
両親を失ったのは八重なのに、光太郎の方が泣きそうな顔をしている。
本当にいろんな表情をする人だ。
「労咳(※結核)でしたから・・・それに、光太郎様こそ御母上が亡くなられたばかりなのに、光臣様まで・・・」
「うん・・・まぁな。仕方がねぇよ」
「光臣様と光太郎様には、心から感謝しています。後ろ盾の無くなった私を引き取ってくださって、両親も安心していると思います」
「イトコなんだから当たり前だろ。それにさっき、俺に“様”を付けるのはナシって言った!」
ブーッと膨れているその顔は、とても十八歳の青年には見えない。
後ろに控えている女中達も光太郎を見てクスクスと笑っていたが、赤葦にギロリと睨まれ、慌てて口元を隠した。
「これからはこの家が八重の家だからな。で、どうしても“様”を付けて俺のことを呼びたいなら、“お兄様”って呼んで」
「・・・?」
「いい響きだよな、“お兄様”って!! 澤村のことがずっと羨ましかったんだ」
これは、光太郎のことを“お兄様”と呼ばなければいけない流れなのだろうか。
八重が戸惑っていると、光太郎の後ろに立っていた赤葦が体を屈め、耳元に口を寄せた。