【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第2章 秋霖 ①
「八重様はあくまで貴光様の御息女として、この家にお迎えしたのです。貴方と兄妹になるわけではありませんよ」
「わーかってるよ。でも男の浪漫だろ、お兄様って呼ばれるの」
「さぁ、私には同意しかねます」
赤葦は冷ややかな目で光太郎を見下ろすと、空になっている湯飲みに茶を注いだ。
そして八重の方はほとんど手を付けられていない事に気づき、眉をひそめる。
「八重様には、日本の茶がお口に合いませんか。ならば、次からは紅茶を用意させましょう」
「・・・いえ、大丈夫」
英国では紅茶が主流。
だけど、日本ではまだとても高価なものだ。
「俺は紅茶は苦手だな。茶に砂糖を入れて飲むのが理解できない」
「それには、私も同意いたします」
明治に入って西洋の食生活がかなり普及したとはいえ、嗜好までそう簡単に変えることはできない。
英国のように紅茶をたしなむ者はまだ、皆無に等しかった。
「Her Majesty・・・ヴィクトリア女王陛下は、一切れのレモンを紅茶に浮かべるそうです」
「レモンって、あの黄色い果物のこと? へぇ、大国の君主ともなると違うな。お前は、俺の知らないことをたくさん知ってるんだろうなー」
普通の男性ならば、女よりも知識が劣ることを恥と考えそうなものなのに、光太郎は好奇心に溢れた瞳を八重に向けてくる。
彼は見栄も虚勢も張ることなく、“すごいものはすごい”と素直に言える人間なのだろう。
「ぜひ光太郎様に英国の紅茶を淹れて差し上げたいです」
「おい、“様”を付けてるぞ。お兄様って呼ぶのが嫌なら、せめて“さん”にして」
「あ、申し訳ございません」
八重はこの時、木兎邸に入ってから初めて笑みが零れた。
出会ってまだ一時間も経っていないが、木兎光太郎という男にみるみる惹かれていくのが分かる。
「俺にもこの家の誰にも遠慮はするなよ。お前は木兎家の人間なんだからな、八重!」
「・・・はい、光太郎さん」
光太郎の零れるような笑顔に、厚氷のようだった緊張がゆっくりと解かされていくようだ。
若い伯爵と、分家の令嬢。
打ち解けていく二人に何を想ったのだろう。
赤葦はその冷たい瞳を揺らし、雨が打ち付ける窓の向こうを見つめていた。