【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第4章 白薔薇
誰もいない広間の柱時計が、ボーンと鐘を一つ鳴らす。
窓の向こうの世界は重たい夜空。
しんしんと凍てついく静寂は何を隠してくれるのか。
外の景色を見るでもなく、赤葦は冷たい硝子窓に額を押し当て、暗い瞳を揺らした。
夜の帳は・・・この胸に秘める想いと記憶を覆い隠してくれるだろうか。
「八重様、とても綺麗だったわね」
「・・・・・・・・・・・・」
静かな寝室に京香と二人きり。
相槌を打たなかったのは、言葉が見つからなかったからではない。
言葉にすることが、できなかった。
木兎邸の西館は本館と違い、望むことのできる景色は限られている。
それでもこうして窓の前に立てば、硝子に映った自分の顔の向こうに、深海のような世界が広がっていた。
「京治・・・?」
心臓の辺りをギュッと抑えている赤葦を見て、京香が心配そうに声をかけた。
「・・・・・・・・・・・・」
この心には魔物が巣食っていて、あの暗闇の深い所へと還りたがっているようだ。
───姉さん・・・
貴方が手を握っていてくれないと、俺は人間でなくなってしまうような気がする。
「さっきから外ばかり見て・・・どうしたの?」
「思い出していたんです」
赤葦は振り返り、少し離れた所に立つ京香を見て微笑んだ。
「八重様の御姿を・・・」
光太郎と腕を組んで夜会に向かうその姿を。
優雅で凛とした美しさはまるで・・・
「───白い薔薇のようでした」
赤葦は夜の空と同じ色をした目を伏せた。
触れてはいけない薔薇の花。
それでもその美しさを目の当たりにした瞬間、棘が深く刺さること覚悟で手にキスをしていた。
「さすがは貴光様の御令嬢・・・木兎家直系の御血筋です」
「京治・・・」
京香は弟の端正な横顔を見つめた。
細い筆で描いたような、気品漂う輪郭。
その表情は冷たく、彼の心は完全にこの闇に囚われてしまっている。
京香は赤葦のそばに歩み寄ると、背中にそっと身体を寄せた。
そして力無く下に垂れた手を握る。
どうか闇に囚われないで・・・と願いながら。