【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第4章 白薔薇
「八重」
突然、光太郎に名前を呼ばれ、八重はギクリとしながら返事をした。
「は、はい」
「さっき俺は言ったよな。お前を独り占めするって」
だから、お前も他の男と踊ろうとするな。
そこまで言葉にしないものの、真っ直ぐな瞳がそう訴えている。
「も・・・申し訳ございません、光太郎様」
「謝らなくていいよ。それより、もう一度真ん中で踊ろうぜ!」
差し出された、大きな手。
よく通るその声に、ダンスホールの隅で固まっている女性達の視線がこちらに向けられた。
“木兎伯爵ったら、ずっと同じ女性とばかり踊ってらっしゃる”
“一緒にいる方は見かけたことがないけれど、どなたかしら?”
ヒソヒソと話している声が聞こえてくるようだ。
エスコートしているとはいえ、妻や婚約者でもない相手と何曲も続けて踊り続けるのは、暗黙の了解でタブーとされている。
光太郎は気にしていないようだが、このままでは良くない噂が立ちかねない。
───先ほど、牛島夫人達が日美子様を非難していたように・・・
「あの・・・」
だからといって、光太郎の手を取らないわけにはいかない。
数秒の間が空いた後、誰よりも先に動いたのは黒尾だった。
「仕方ねェな。八重ちゃんはお前に譲ってやるよ、木兎」
「黒尾!」
「その代わり、恨めしそうにダンスの誘いを待っている女の子達の相手は俺がさせてもらうからな」
襟と蝶ネクタイを直し、スッと姿勢を正せば妖艶さを漂わせる美男子の黒尾。
家格では光太郎に劣るが、令嬢達も喜んで財閥御曹司の誘いを受けるだろう。
友人を嫉妬の目から守るためにダンスフロアへ向かった黒尾を見送った後、光太郎が八重の手を取った。
「・・・踊ろう、八重」
黒尾と何を話していたかは、あえて聞かないでおこう。
八重が知りたいと思っていることはいずれ、嫌でも知ることになるのだから。
「お前を独り占めさせて」
それまでもう少し・・・
そう、少しだけでいいんだ。
「楽しい夜を過ごそうぜ───」
円舞曲に誘うために八重を抱き寄せた光太郎は、微笑んでこそいたものの、その瞳には儚げな影が宿っていた。