【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第4章 白薔薇
「何も・・・言い返せませんでした」
「八重ちゃん?」
ダンスホールから響く、酒に酔った笑い声。
八重と黒尾が立つバルコニーから見える路地には、馬車の廻りを乞食達がウロウロと徘徊していた。
彼らは施しを受けるための欠けた茶碗を持ち、うつろな目を豪華な迎賓館に向けている。
暗闇一枚が隔てる世界は・・・こんなにも違うのだ。
いや、世界を隔てる壁はこの鹿鳴館の中にもある。
「私は・・・日美子様が侮辱されていたのに、何も言い返すことができなかった」
日美子だけではない。
光臣と光太郎、日美子を敬愛する使用人達の名誉を守ることができなかった。
身分が違う、ただそれだけの理由で───
「木兎家が侮辱されていたのに、何もできなかった自分が情けない」
「・・・・・・・・・・・・」
黒尾は驚いたような顔で八重をしばらく見つめていたが、ふと小さく笑うと、夜空に浮かぶ月を見上げた。
───ああ・・・この令嬢が“そう”なのか。
銀月を映す黒尾の瞳が揺れる。
白薔薇のごとく清らかで芯が強い・・・木兎家直系の血を引く女性。
「───礼を言います、黒尾鉄朗さん」
「・・・え?」
「助けてくださって、ありがとうございました」
黒尾が入ってきてくれなかったら、牛島夫人達の日美子に対する陰口はさらに熱を増していただろう。
伯爵家の八重が、侯爵家の人間に何かを言えば問題になるところだった。
華族ではないこの男が憎まれ役になってくれたから、あの場が収まったことは明らか。
すると黒尾はクスクスと笑いながら、八重が着ている白と若草色のドレスを見つめた。
「別に礼を言われるほどのことでもねぇよ。あとで木兎に一杯おごらせるから気にしないで」
「光太郎さんをご存知なのですか?」
「“ご学友”ってやつかな、学習院の同級生」
「そうだったのですか。でも大丈夫ですか、それなら牛島若利様も同級生なんじゃ・・・」
学友の母親の怒りを買って、学生生活に支障は出ないだろうか。
そう心配したが、黒尾は大して気にしていないようだった。