【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第4章 白薔薇
頭二つ分上の高さから八重達を見下ろす高身長。
光太郎よりも細身ながら、長い手足と燕尾服の上からでも分かるしなやかな体つきが人目を引くその男は、八重と牛島夫人に向かって会釈をした。
「ご挨拶が遅れました。私は黒尾鉄朗と申します」
牛島夫人はその名前に聞き覚えがあるのか、扇子で顔の下半分を覆いながら眉をしかめた。
「黒尾財閥の跡取り息子・・・存じております」
握手のために差し出された黒尾の手を汚物でも見るかのような目つきで一瞥しただけで、決して握り返そうとはしない。
「儲けとあれば手段を選ばない金貸しの分際で、この場にいること自体が不相応だという自覚は無いのかしら」
侮蔑した態度を取る牛島夫人の質問に、黒尾はわざとらしいほどの恭しさで答えた。
「大隈侯より正式に招待を受けておりますのでご心配には及びません。困窮する高貴な方々のために昼夜問わず飛び回る父に代わり、私が出席いたしました」
「人の弱みにつけ入って金儲けをするような下賤な商売、繁盛してさぞお喜びのことでしょう」
冷酷な顔で軽蔑の言葉を並べる定子に対して、黒尾は余裕の表情を崩さない。
黒尾の家は政商、すなわち明治政府と密な関係となって財産を築いた豪商だった。
維新前は下級武士だった黒尾の祖父だが、造船業でなり上がると、金融、不動産などその時代の流れに応じた事業拡大で、いまや東京では五本の指に入る財閥にまで成長している。
「ところで、先ほどの非礼を詫びるつもりはなくて?」
「非礼、とは?」
「まるで私達が日美子さんのことを嫉妬しているような口ぶりではありませんでしたか」
「ああ・・・」
黒尾は肩をすくめながら小さく笑った。
顔の右半分が隠れるその独特な髪型のせいか、本心を相手に読み取らせない不気味さがある黒尾。
同時に他人に与える威圧感は、定子の取り巻き達の口を完全に封じさせるには十分だった。
鬱屈とした空気に入った亀裂から、ドロドロと黒いものが流れ出てくるようだ。
そんな恐ろしさを漂わせながら、黒尾はゆっくりと口を開いた。
そして────
「牛島夫人をはじめ御婦人方に対する先ほどの無礼、どうかお許しください」
冷ややかな笑みを浮かべつつ、黒尾財閥の嫡男は深々と頭を下げていた。